「少女像」展示中止が波紋 そもそも「慰安婦問題」とは?
日本政府は90年代半ばに「河野談話」と「村山談話」
日本政府が慰安婦問題について見解を示すようになったのは、宮沢喜一首相が韓国を訪問する1992年からであり、同首相は「旧日本軍の関与を認め、お詫びしたい」と述べ、また、加藤紘一官房長官は「お詫びと反省」を表明する談話を発表しました。 そして日本政府は、関連資料の調査や韓国で被害女性ら関係者への聞き取りを行い、その結果を踏まえ、河野洋平官房長官は1993年8月、日本政府の考えを示す談話を発表しました。その中には次のような言及がありました。 ・慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接に関与した。 ・慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあった。 ・政府は、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。 ・また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討する。 村山富市首相は戦後50周年を迎えるに際して、1994年と95年の2回にわたって談話を発表しました。太平洋戦争については、「国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」と述べました(1995年談話)。 この談話に基づき、日本政府は「財団法人女性のためのアジア平和国民基金(アジア女性基金)」を設置するとともに、政府の資金で総額7億円規模の「医療福祉支援事業」の開始を決定しました。 アジア女性基金は1996年から、フィリピン、韓国、台湾において、元慰安婦各人に対して、一人当たり200万円の「償い金」を渡す「償い事業」を行いました。その際、橋本龍太郎首相からの「心からお詫びと反省の気持ち」を表す手紙を添えました。慰安婦の認定は各国の関係機関に委ねました。同基金は2007年3月をもって活動を終え、解散しました。最終的に、フィリピン、韓国、台湾で285人の元慰安婦を対象として「償い事業」を実施しました。事業総額は5億7000万円でした。 インドネシアにおいては、日本政府からの拠出金を基に、元慰安婦と称する女性を中心とした高齢者を対象に総額3億8000万円の事業を、またオランダでは、同じく日本政府からの拠出金を基に、79人に対して一人あたり300万円の医療福祉支援を行いました。