愛犬10年物語(4)「男1匹犬2匹」犬を伴侶にして生きる
犬は人類の最古にして最高の仲間だと言われるが、家庭犬の存在は比較的新しい。我が国で、庭先に繋がれた番犬や猟犬に代わって、家族の一員として家の中で人と同じように暮らす犬が当たり前になったのは、ここ10年余りのことだ。ターニングポイントとなったのは、2000年代のペットブームであろう。そこから現在に至る『愛犬10年物語』。「流行」を「常識」に変えたそれぞれの家族の10年を、連載形式で追う。 【写真】愛犬10年物語(3)2世帯家族を結んだ2匹の犬と猫の物語
大学時代の彼女に裏切られ対人恐怖症に
動物好きと人間嫌いはセットになっていることが多い。私自身もその手合いだ。世の中にはいい人や立派な人が溢れているのは認めるが、人生の節目節目で、人間の裏切りや欺瞞、不義理、利己的な行動に苦しみ、闘ってきたのも事実である。中でも、勤めていた会社の人事をめぐって心療内科に通うほどに落ち込んだ際、救いの神となったのは、初めて飼った犬の『ゴースケ』(フレンチ・ブルドッグ♂、享年11歳)であった。心を病んで休職し、毎日2時間も3時間も東京の下町をゴースケと共に散歩する日々がなければ、僕は今頃廃人になっていたかもしれない。共にひたすら歩いて心を通わすうちに、ゴースケの純真さが、人間社会にもまれるうちにたまった心の澱(おり)を穏やかに浄化してくれた。 もちろん、動物は天使などではない。長年人間と連れ添ってきた犬でさえ、自分の身を守るため、生き延びるために人に牙を剥くこともある。食べ物や愛情欲しさに駆け引きめいたことさえする。でも「嘘をつく」「騙す」「裏切る」といった行為は人間特有のものだと思う。純粋に生き延びるために利己的であることと、一時の精神的な満足や目先の利害のために嘘をついたり裏切ったりして相手を傷つけることとの間には、本質的な違いがあると思う。そうした理屈は置いても、僕は人間の本心に、犬に備わった掛け値なしの純粋さを見出すことはなかなかできない。
犬を通じて知り合った人たちの中には、同じ臭いを感じる人が何人かいる。ベルジアン・シェパード・ドッグ・グローネンダールという珍しい大型犬2頭と暮らす藤岡亮さん(39)もその1人だ。10年以上前から面識があるが、ずっと独身で彼女がいる様子もなく、話題といえば犬のことばかり。僕が知る限り男性の犬飼いのほとんどが家庭持ちなのだが、彼は埼玉県内の決して広いとは言えないメゾネットタイプのアパートで、男1匹犬2匹で暮らしている。あらためて話を聞くと、やはり、人間に対して強い不信感を抱いた過去を背負っていた。 「大学時代に4年間付き合った彼女にすごい裏切られ方をしてしまいまして……。ああ、人間ってこうも裏切るものなのだな、と。しばらく対人恐怖症、特に女性恐怖症になりました。でも、犬は裏切らないじゃないですか。愛情をかければその分だけ振り向いてくれる。ずっとそばにいてくれる。だったら、犬を伴侶にする生き方があってもいいと思いました」