歴史家が語る映画『八犬伝』の面白さ、いい意味で期待を裏切るまっとうな時代劇映画
■ 馬琴30年プロジェクトX 本作は、言うなれば、「馬琴30年プロジェクトX」と称したくなる物語だ。 馬琴の後半生と、『南総里見八犬伝』のストーリーの要点をわかりやすく見せてくれるので、本来なら大河ドラマで一年やっていいクラスの内容がある。 馬琴の『南総里見八犬伝』は、今でいうライトノベルの始祖と言っていい大長編小説である。 わたしは、ライトノベルを「読者がリアルな《実》の人間ではなく、二次元の《虚》なるキャラクターをイメージしながら読み進めることを想定して作られた小説」と勝手に定義しているので、『古事記』や『源氏物語』はさすがにライトノベルではないと思っている。 しかし『南総里見八犬伝』は、最初から最後までイラスト付き作品として製品化されているので、こちらはライトノベルの始祖といってまず間違いないであろう。 人気イラストレーターの挿絵つきの商業出版作品で、長年にわたり、出版され続け、おまけにアニメ化ならぬドラマ化(当時の歌舞伎だが)までされて、これも人気を博した。 さらには二次創作的なイラスト(武者絵の類)も多数作られた。名だたるイラストレーターが積極的に取り組むテーマのひとつとして支持されていたのだ。 その『南総里見八犬伝』の第1巻にあたる作品が刊行されたのは、文化11年(1814)で、完結したのは天保13年(1842)、馬琴は足かけ28年もかけて、この大作を完成させたのである。 日本史上、前代未聞の快挙であろう。近いところでは、平成7年(1995)からスタートし、令和3年(2021)に完結した庵野秀明監督の『エヴァンゲリオン』シリーズが足かけ26年である。 映画『八犬伝』は、まるで『庵野秀明とエヴァンゲリオン(仮)』(もちろんそんな作品はない)を映像化するようなものである。 ■ 今も生きている伝説 原作小説があるので、ネタバレを控えなくてもいい気がするが、小説を読む前に映画から入る人のほうが圧倒的に多いだろうから、具体的な内容については触れないでおく。「正義で何が悪い」という予告キャッチは、平凡な映画のひらき直りにありがちな言葉に思えるが、ちゃんと作品の本質に迫る重要な問いかけとなっている。 後味に苦味はあるものの、「大変結構なお手前でした」と手をつきたくなる後味の善さが残る。 まだ見ていない人は、ぜひ劇場に足を運んでほしい。「明日を、まっとうに生きていこう」と思わせてくれるいい映画だ。 余談ながら上映時間は149分なので、劇場での飲み物は、利尿効果のあまりないものをおすすめする。 【乃至政彦】ないしまさひこ。歴史家。1974年生まれ。高松市出身、相模原市在住。著書に『戦国大変 決断を迫られた武将たち』『謙信越山』(ともにJBpress)、『謙信×信長 手取川合戦の真実』(PHP新書)、『平将門と天慶の乱』『戦国の陣形』(講談社現代新書)、『天下分け目の関ヶ原の合戦はなかった』(河出書房新社)など。書籍監修や講演でも活動中。現在、戦国時代から世界史まで、著者独自の視点で歴史を読み解くコンテンツ企画『歴史ノ部屋』配信中。
乃至 政彦