「目標、夢に年齢関係ない」87歳の心に刺さった27歳の信念とは?全国最年長と最年少の首長が対談
いざ対面 「津軽弁で『あめね』って言います」果たして通じるのか!?
市長室へ案内されると、鈴木村長は持参していた風呂敷をほどいて石田市長に土産を手渡しました。 田舎館村 鈴木孝雄 村長 「隣町の古い時代からの銘菓です。『梅干し菓子』です。たとえば梅干しをおにぎりに入れたら、津軽弁で『あめね』って言います」 梅干しを使った土産を受け取った石田市長に、鈴木村長が使った津軽弁『あめね』の意味を解読できたか聞いてみると、意外な答えが返ってきました。 大館市 石田健佑 市長 「『あめる』と言っていましたね。わかります。『悪くなっちゃう』という意味。わかるというか、懐かしいなって思いましたね」 津軽弁の『あめる』は、食品が『悪くなる、傷む』という意味で、その否定形の『あめね』は『悪くならない、傷まない』の意味。青森県民でも津軽弁を話さない若者が増えている中、なぜ27歳の大館市の市長が『あめる』を理解でき、『懐かしい』と感じたのでしょう?その答えは、石田市長の少年時代にありました。
少年時代に毎日のように接したのはネイティブの津軽弁
1997年(丑年)に大館市で生まれた石田市長。実は、父親の仕事の都合で小学生から高校生までは青森市で過ごしました。市内の公園でバスケットボールに触れたことをきっかけにバスケを始めたいいます。高校時代の部活動では、長身を生かして活躍しました。 青森県立青森工業高校では、友人たちと『青森ねぶた祭』に参加したことも。少年時代は、毎日のようにネイティブの津軽弁を耳にしていたため、鈴木村長の津軽弁を『懐かしい』と感じたのです。 鈴木村長も「青森の出身だから、津軽弁の心配はいらないと思っていました」と話していて、その期待どおり石田市長は終始、鈴木村長の津軽弁をしっかり理解して対談していきます。
最年長も最年少も同じ悩みを抱えていた それは…
和やかな雰囲気で始まった最年長と最年少とのトップ対談。 名刺交換をして着座すると、先陣を切って質問したのは石田市長。自治体トップの大先輩である鈴木村長に“ある悩み”を打ち明けました。 大館市 石田健佑 市長 「村長に質問してもいいですか?私は27歳で市長に就任させていただいてるので、選挙のときもですけど、『若過ぎるんじゃないか』とか『経験が足りないんじゃないか』というお声をいただきました」 25歳で挑戦した2023年4月の大館市議会議員選挙でトップ当選。1期目の任期途中で辞職し、10月27日の衆議院選挙に立候補するために前大館市長・福原淳嗣氏(56)が辞職したことに伴う9月1日の市長選挙に立候補して、27歳の若さで初当選した石田市長。全国市長会、町村会、特別区長会によりますと、東京23区と全国1718市町村の中で最年少、最も若い首長です。 この悩みに答えるのが、全国最年長、つまり最も高齢の首長・鈴木村長です。