組織のミドルエイジが身に付けるべきは「若手を生かすファシリテーション術」 チームプレーを成功させる「間のつかみ方」とは
桂宮治さんもそうですね。口がうまくて化粧品会社のトップセールスマンになったけど、「相手をだましている気がする」と疑問を感じていた折に、亡き桂枝雀師匠の動画を見て「これだ!」と。それで寄席に行って桂伸治師匠と出会い、31歳で落語界に入っています。 昔は話術でものを売ることに対して人をだましているように感じていたのに、今はしゃべるだけでものも売らずに人をだましている。結果として、よりたちが悪くなったっていうね(笑)。
優しい師匠から最初に怒られた弟子
僕の場合はもともと漫才師をやっていて、コンビ解散をきっかけに悩みに悩んで、26歳で落語界に入りました。 以前から落語が好きで、30歳になった自分を想像した時に、「きっと落語家になりたいと思っているだろうな」と。そう思ったのが大きかったですね。 そうして春風亭昇太に弟子入りしました。「笑点」(日本テレビ系列)の司会者として、師匠をご存じの方も多いのではないでしょうか? テレビでのイメージ通り、うちの師匠はすごく優しいし、常識人でもあります。
ただ、僕が入った時の師匠は40代後半。働き盛りの忙しい時期でもあったから、僕の1年前に春風亭昇々という1番目の弟子が入るまで、弟子入りはずっと断っていたんですよ。 「弟子を取るとは、自分の時間を削って長い間面倒を見て、ライバルを1人作り上げること。そんな理不尽なことはないから、俺は弟子は取らない」 師匠はずっとそう言っていましたが、小遊三師匠から「お前も柳昇師匠の弟子に取ってもらったんだろう? だったらお前も弟子を取らなきゃダメだ」と言われ、ぐうの音も出ずに弟子を取るようになったそうです。 今では10人の弟子がいて、僕は3番目。いわば僕は師匠の弟子第1世代です。そして、怒るのが嫌いな師匠から、一番最初に怒られたのが僕でした。 僕は漫才師の頃からやっていたブログを、前座になっても続けていたんです。 それが師匠の耳に入り、「お前は落語家とお笑い芸人の区別が付いていない。明日から来なくていい」と言われてしまいました。 今振り返れば、当時の僕には「修業中の人間」という自覚が足りていなかったですね。