憲法学者・木村草太×酒井順子 婚姻について学ぶ「家制度の始まりから現在まで。導入される前は夫婦別姓だった」
◆あなたの氏は「代々の家の氏」ではない 酒井 夫婦別姓の必要性を三権の長も認めている。主要政党で反対しているのは自民党だけですが、世代差は感じますか。 木村 やはり若い世代のほうが理解はあると思います。 酒井 じゃあ、上の世代がいなくなるのを待つしかない。 木村 それもなかなかしんどいですけどね。私が学生だった20年前に、まもなく実現すると言われていた案件でしたから。ただ日本における夫婦同氏制は、男女平等の理念に沿った、むしろ女性の権利保護のための制度であった点は忘れないでほしいと思います。 酒井 明治より前の平民に姓の概念はないですし、明治民法で家制度が導入されたんですよね。 木村 当時の妻は夫の家には入れてもらえず、明治民法が成立する1898年まで制度的には夫婦別姓でした。 酒井 儒教的な考えですね。妻は血統に入っていないから、同じ姓を名乗れない、と。 木村 ただ結婚後に夫の氏を名乗れないと不便なことが多かったので、現代とは逆に、同氏にする通称使用があったそうです。 酒井 この意識の変化は面白いですね。ちなみに木村さんはご結婚の際、姓をどうするかといった話し合いはされたんですか。 木村 はい。その結果、木村姓にしたという経緯があります。 酒井 詳しく教えてください。 木村 私の妻は民法の研究者で、「氏にこだわる理由がない」という立場です。もともとの自分の氏にも、婚姻後の氏にもこだわりはない。悪名高き家制度があったことで、氏は長らく家の名前だと思われていますが、現在の制度においては違うからです。 酒井 木村の「家」に入るわけではない、と。
木村 まず家制度について説明しますと、血統グループの長である戸主(こしゅ)がいて、その子どもたち、戸主の兄弟、その子どもたち……によるひとつの血縁グループになっている。戸主は家の財産(家産)を独占し、メンバーみんなを養う。戸主が亡くなるか引退すると、その長男、あるいは戸主の男性兄弟が相続する。これが家制度です。 酒井 このとき妻は、夫の氏を名乗っていますよね? 木村 いえ、妻が名乗っているのは夫の氏ではなく、家の氏なんですよ。 酒井 ああ、なるほど! 木村 その後、新憲法によって民法が改正され、家制度は廃止されたので、もはや戸主とか家といった概念は存在しないんです。戦後家族法の基本単位は核家族。夫と妻と未婚の子どもです。婚姻すると家を出て、新しい家を作る。 たとえば私の姓は木村のままのようでも、婚姻前の木村と婚姻後の木村は別の木村というわけです。だから夫婦別姓を希望する当事者のなかに「代々の家の氏だから大事にしたい」と言う人がいるんですけれど、その考え自体、法的に間違った理解と言えますね。 酒井 木村さんはご夫婦で解釈を同じくしているので問題ないですが、別の木村といっても、正直見た目は一緒じゃないですか。(笑) 木村 「木村」は記号でしかないので。マイナンバーの下2ケタと同じです。(笑) 酒井 文字だし、呼び名に思い入れがある人もいるだろうし、まだ記号としてとらえられない(笑)。ただ戸籍の単位だということはよくわかりました。 木村 だから「籍を入れる」というのも誤った表現ですね。「入籍」はすでにある戸籍に誰かの籍を入れるという意味ですから。婚姻の際、夫と妻とで新しい戸籍を作っているので、籍を新設すると言ったほうが正しい。 酒井 結婚した人はそのことを自分の目で確かめているはずなのに、なんで入籍って言うんでしょうね。芸能人の結婚報道でも、当たり前のように使われるじゃないですか。 木村 「創籍」とか言ってくれるといいんですけれど。 酒井 新しい戸籍を作るとはいえ、別姓を望んでいる人は、自分も姓を変えたくないし、相手にも変えてほしくないという考え方が多いですね。相手や相手の家が嫌いで変えたくないわけではない。 木村 現状の法制度では、別姓を希望する以上、法律婚をしたくてもできない状況を強制されているわけで、それは問題だと思います。 酒井 仕事や日常生活での不利益だけでなく、結婚や離婚による姓の変更でプライバシーもさらされる。呼称への愛着もありますよね。 木村 納得のうえ変えるならいいですが、その面倒を多くの女性が当たり前のように押しつけられてきたこと、それをよしとしていることは女性差別にあたると思います。 ひとつひとつの不利益は訴えるほどの損害ではないという人がいるかもしれませんが、積もり積もった不利益は、大きな屈辱になると考えたほうがいいでしょうね。 (構成=篠藤ゆり、撮影=本社・武田祐介)
木村草太,酒井順子
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