“世界の仕組み”の探求を始めた人工知能 ノーベル物理学賞と化学賞を受賞した「サイエンスAI」研究の最先端を知る
2024年10月、AI業界の著名人があいついでノーベル物理学賞と化学賞を受賞したと報じられた。受賞したのが「物理学賞」と「化学賞」であることからもわかるように、現在AIは、ビジネスやエンタメだけではなく自然科学分野の研究でも活用されている。 【画像】Microsoftが開発した気候変動を予測するAI「Aurora」 実際の天候と予測の比較図 そこで本稿では、ノーベル賞を受賞したAI業界の著名人らの業績を振り返ったうえで、自然科学に活用される「サイエンスAI」の起源と、今後予想される展開を明らかにしたい。 ■「第三次AIブーム」の立役者から批判者に転じた、AI研究の“ゴッドファーザー” 2024年のノーベル物理学賞を受賞したのは、カナダ・トロント大学在籍のジェフリー・ヒントン氏(トップ画像左側)とアメリカ・プリンストン大学在籍のジョン・ホップフィールド氏であり、受賞理由は「人工ニューラルネットワークによる機械学習を可能にする基礎的発見と発明」である。もう少し簡単に言い換えると、現在のAI開発において当たり前に使われている「ディープラーニング」を発明したこと、となる。 ヒントン氏は「AI研究のゴッドファーザー」とも言われており、“コンピュータサイエンスにおけるノーベル賞”とも称される「チューニング賞」を2018年に受賞している。同氏が一躍注目されるようになったのは、画像認識AIの精度を競う大会であるILSVRC(Image Large Scale Visual Recognition Challenge:大規模スケール画像認識チャレンジ)の2012年大会で、同氏が率いる研究チームが開発した「AlexNet」が2位に大差をつけて優勝した時である。そして、このAIにもディープラーニングが用いられていた。 これ以降、画像認識に用いられる技術として「ディープラーニング」はメジャーになる。画像以外でも、株価予測や自然言語といった処理対象の何らかの特徴を認識する必要があるさまざまなタスクにこの技術が応用されるようになった。このようにして「第三次AIブーム」が到来し、その勢いは今日の生成AI時代にも受け継がれることとなった。もちろん、OpenAIが開発した「GPT-4」をはじめとする多くの大規模言語モデルには、ディープラーニング技術の一種であるTransformer(トランスフォーマー)が用いられている。 もっとも、近年のヒントン氏はAIの進化に批判的な立場をとっている。こうした立場は、たとえば日本経済新聞のYouTube公式チャンネルが2023年3月に公開した同氏へのインタビュー動画からうかがえる。この動画において同氏は「自分がしたこと(ディープラーニングの発明)を後悔していない」と述べる一方で、AIが人類を脅かすようになるのはずっと先だと考えていたが「しかし今はそうは思えない」とも発言して、AIがもたらす潜在的脅威に警鐘を鳴らしている。 ■生化学における難問に新たな解決法をもたらしたAlphaFold 2024年のノーベル化学賞を受賞したのは、Google傘下のAI研究機関「Google DeepMind」のCEOを務めるデミス・ハサビス氏(トップ画像右側)をはじめとした3名であり、同氏の授賞理由は「タンパク質構造予測のため」とされる。 タンパク質構造予測については、DeepMindが2020年1月15日に公開したブログ記事(※1)で解説している。細菌から人体にいたるまで生命全般はタンパク質から構成されているが、タンパク質の機能はその3次元的構造によって決定される。 こうした構造を知る手がかりにはタンパク質を構成するアミノ酸の配列を決定するDNAがあるのだが、DNAのみでタンパク質の3次元的構造を予測するのは困難であった。この問題は「タンパク質フォールディング(Folding:「折り畳み」という英単語)問題」とも呼ばれ、生化学における難問のひとつであった。 以上の問題を解決するために、DeepMindはタンパク質構造予測AI「AlphaFold」を開発した。このAIは、既知のタンパク質におけるアミノ酸の配列と3次元構造をペアとした学習データを作成して誕生したものだ。こうした学習により、同AIは任意のアミノ酸配列を入力すると、その入力から予測される3次元構造を出力できるようになった。 DeepMindはAlphaFoldの有効性を確かめるために、タンパク質フォールディング問題に関するコンペ「CASP」の13回大会に参加した。そして、同AIはこのコンペで1位に輝き、その有効性を証明した。 現在、DeepMindはAlphaFoldの活用と改良を続けており、2022年7月公開の同社ブログ記事(※2)で科学的に知られているほぼ全てのタンパク質の3次元構造予測が完了したことを報告した。また、2024年9月5日には、任意の標的分子と結合するタンパク質結合体の構造を出力する「AlphaProteo」を発表(※3)した。このAIは新薬の開発などでその真価を発揮すると考えられる。