「日本には『不処罰の文化』が存在」…元ジャニーズJr.二本樹顕理氏の国連報告「母国は人権後進国」
スイスのジュネーブで6月26日に開催された国連人権理事会の会合において、故・ジャニー喜多川氏の性加害問題などさまざまな日本の人権侵害問題が取り上げられ、「日本には人権に関する構造的な課題がある」という報告書が発表された。 【画像】悲しい……ジュネーブに降り立った元ジャニーズJr.の哀愁 会合には、故・ジャニー喜多川氏から受けた性被害を告発し、現在は誹謗中傷から家族を守るためにアイルランドで暮らしている二本樹顕理氏(40)も参加した。二本樹氏は1996年8月に13歳でジャニーズ事務所に入所。同年秋から始まった10回にもおよぶジャニー喜多川氏による児童性虐待の実態を実名告発。メディアや国会で訴え続けてきたのは、フライデーデジタルでも既報の通りだ。 二本樹氏によれば、国連人権理事会は同氏を歓迎してくれたという。 「ロバート議長から、私が声をあげたことについての励ましのお言葉をいただきました。昨年7月、故・ジャニー喜多川氏の性加害問題の聞き取りのために来日した人権理事会のメンバーとも再会することができました。彼らの調査がなければ、この問題がここまで前進することはなかっただろうと考えると感謝の気持ちで一杯になり、胸が熱くなりました。国連人権理事会の作業部会は今後もこの問題と日本のエンターテインメント業界における人権の問題を注視していく、と約束してくださいました」 二本樹氏は通訳を介さず、流暢な英語で「半世紀以上も故・ジャニー喜多川の性加害問題が放置され、人権問題として扱われることがなかった。メディアにも報じられず、男児に対する性加害は問題視されることがなかった」「告発した被害者の少なくとも一人は自殺している」と訴え、「日本政府には、企業が子供を守る社会を実現するためにあらゆる政策を講じてほしい」「日本のメディアには性加害問題を正確に伝えてほしい」と求めると共に、この問題を取り上げた国連人権理事会に感謝の意を述べた。 二本樹氏のスピーチを聞いて国連人権理事会のチームは、「そんなに長い間、放置されていたなんて……」と驚愕したという。 「ロバート議長は、日本には『不処罰の文化』が存在すると報告していました。『不処罰の文化』とは文字通り、何かの問題が発覚した時に問題の原因となるものに対して処罰を加えない、きちんと対応せず放置してしまう文化を指します。 この文化がある故に、多くの問題がまるで存在しないかのように扱われてしまい、誰もそこに対して疑問を投げかけなかったのです。国連人権理事会はこうした問題を一つ一つ解決していくことが重要であり、『その結果、日本は未来にその恩恵を受けるだろう』という見解を述べていました」 二本樹氏はSMILE-UP.(スマイルアップ。旧ジャニーズ事務所から社名変更)の被害者に一定の前進があったことは認めつつも、「被害者のすべてのニーズを満たすには程遠い」と考えている。 「先日、30年前に男性教員から性暴力をふるわれていた男性の性被害裁判の控訴審があり、高裁は被告に利子を含む4000万円の賠償命令を下しました。旧ジャニーズ事務所における性加害問題において、スマイルアップ社は被害者に“法を超えた救済補償を行う”と言っています。しかし、件(くだん)の判決と照らし合わせると、本当に法を超えた補償になっているのか? と疑問を投げかける余地があると思います。 そもそも幼少期や子供の頃の性被害に対して、時効や除籍期間の主張を行うことは、果たして本当に正しいといえるのだろうか? という問題も残ります。再発防止策に関してより具体的な発表があるまで、当事者として安心できないという想いもあります」 スマイルアップは国連人権理事会の勧告に対し、公式ホームページで「救済に関する様々な取組に関し、一定のご理解をいただいた」と受けとめ「引き続き、被害者救済に向けて、金銭補償のみならず、被害にあわれた皆様の心のケアや誹謗中傷対策への取り組みも含めて、お一人お一人に寄り添いながら全力で取り組んでまいります」と述べている。 しかし、国連人権理事会の報告書によると、一部の被害者は補償交渉に関する弁護士費用を自腹で払っているという。スマイルアップはこう回答した。 「(スマイルアップの依頼を受けた弁護士らによる)被害者救済委員会においては、弁護士によるサポートを受けるために要する費用を含む諸般の費用も考慮した上で補償額を評価していると認識しております。すなわち、被害者救済委員会は、迅速で公平な被害補償を行うため、法律上の主張や厳格な証明のご負担を求めず、ご申告内容に基づいて広く被害事実や生活・人生に及ぼした影響を認め補償するものとして、補償金額の算定手続を進めております。 そして、補償金額の算定にあたっては、被害者の方々の精神的・財産的損害の要素を慰謝料の枠組みの中で総合的に考慮しているものと認識しております。したがって、被害者救済委員会は、弁護士費用等の諸般の費用につきまして、独立の項目として算定することは行っておりませんが、補償金額を算定評価する際に、それらの諸般の費用も、故・ジャニー喜多川による性加害に起因する経済的な影響の一つとして相応の考慮をしております」(スマイルアップ広報部) 二本樹氏はスマイルアップの主張に敢然と反論する。 「救済委員会から全く同じ補償金額を提示されたAさんとBさんのケースを例にとると、救済委員会との面談にAさんは弁護士を帯同させていました。Bさんは弁護士を帯同させていませんでした。弁護士を帯同させた被害者と帯同させなかった被害者だと、弁護士を帯同させた被害者のほうは弁護士報酬を自己負担しなければならなかったので、結果的に弁護士を雇わなかった被害者よりも受け取れる補償額が少なくなっています。 そもそも、スマイルアップの救済委員会からは補償金額のうち、いくらが弁護士費用に相当するのかなどの説明もありません」 スマイルアップは旧ジャニーズ事務所への在籍、被害の確認ができない156人に対して補償を行わないという通知をしているが、二本樹氏は「その中に本当の被害者がいるかもしれない」と危惧する。 「スマイルアップがどのようにして被害者の在籍確認を行っているのか、私たちには知らされていません。補償窓口に申請していない被害者もまだまだいると思います。救済委員会の面談にたった一人で臨むには勇気がいる。元判事と弁護士を前に、自分が受けた性被害の供述を行わなければならないのですから……」 ジャニーズファンなどからの性被害告発者への誹謗中傷対策について、スマイルアップの対応に二本樹氏は呆れかえったという。 「被害者たちに対する誹謗中傷について、東山紀之社長(57)とオンライン対談をした際に直接、質問を投げかけたことがあります。『一部のファンの方々が過激化して、被害者に対して誹謗中傷を行った場合、スマイルアップ社としてはどのような対応を行う計画があるのか』と聞きました。すると東山氏は『私たちはファンファーストなので、ファンの人たちを信じることしかできない』と言ってのけたのです。被害者救済のために設立された補償会社なのに被害者を誹謗中傷から守ろうとしないのか……と愕然としました」 スマイルアップ代表である東山社長が「被害者補償については、第三者機関である救済委員会に完全に任せている」という丸投げ状態にあることも、二本樹氏は問題視している。 国連人権理事会ではジャニーズ性被害問題の他に、アニメーターの初任給が安い(150万ほど)ことや、若手タレントやアイドルへのセクハラ、パワハラ問題、LGBT人権軽視、アイヌや在日コリアンの貧困、男女の給料格差、そして福島原発で働く作業員が健康を害する危険な労働環境で東京電力の下請け業者の元(酷いときは仲介業者が5層にも渡るケースがあるという)で安価な労働を強いられていることが問題視された。 東京都にあるきさらぎ法律事務所の福本悟弁護士は「構成・予算・活動のすべてにおいてあらゆる権力から独立した国内人権機関の設置が望ましい」と言う。 「日本では、人権擁護を扱う集約場所は法務省人権擁護局です。人権侵害に対しては意見や警告を出し、また、各種団体から人権侵害事案の報告を受けてその是正書などを受け取り、調査やしかるべき機関・部署への伝達を約すことはあります。ただし、法務省は行政機関であり、当然内閣一体性の原理があてはまる。トップである法務大臣は内閣総理大臣が任命します。 要するに政府の一員たる位置づけとなります。ここが独立した司法機関、裁判所とは異なります。これまで何回か国連人権理事会のメンバーが人権問題、あるいは人権に関する法令の解釈や政府の措置に対して意見したことはありますが、ただそれだけに留まることが少なくありません。中には国連から派遣された委員と、面談さえしなかった事例もあります。 日本国内に独立した人権機関がないことは、人権侵害のリスクにさらされている人たちの、司法での救済の道をも遠くする現実があります。日本の裁判所は具体的事件を取り扱います。つまり、被害を受けた個人が、個別に損害賠償請求訴訟などを起こせば法と良心に従って判断し、その結果、権利救済を受けられます。しかし、故・ジャニー喜多川氏の性被害の被害者は多数おられる。被害の状況はそれぞれ異なり、被害者のプライバシーの保護は絶対に必要ですが、個別の裁判ではなく、独立した人権機関に申出をして、そこで一定の救済や今後の進め方、手続きなどの筋道が示されれば、司法手続きに進まずに加害者側とまとまったやりとりができるかもしれません」 国連人権理事会も日本政府に対して、人権機関を設立すべきという勧告をしてきた。しかし、 法務省は「個別の法律によって人権救済に対応している」などとする見解を示し、人権機関の設立は見送られてきた。 1993年に国連総会で全会一致で採択された「国家人権機関の地位に関する原則(パリ原則)」に基づき、現時点で118ヵ国が「国家人権機関世界連盟(GANHRI)」に加盟しているが、日本は未だに加盟していない。半世紀にもわたり無視されてきたジャニーズ性加害問題は日本が人権後進国であることの象徴なのである。 取材・文:深月ユリア
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