“短期決戦の鬼”内川聖一が語るWBC──世界一への扉を開いた「イチローさんの言葉」
イチローの言葉がヒントに
決勝では第2ラウンドも合わせて4度戦った韓国と5度目の対戦。本職ではなかったレフトでスタメンに名を連ね、1-1と追いつかれた5回の守備ではレフト線を抜けそうな打球をワンバウンドで好捕。素早く二塁に送球して、打者走者をアウトに。超絶ファインプレーでピンチを救うと延長10回には相手守護神の林昌勇(イム・チャンヨン)から詰まりながら、ライト前に落ちるヒットで出塁した。この一打は日本中が歓喜したイチローの決勝タイムリーヒットへとつながっていく。
この“運命の一打”を生んだきっかけは、内川とイチローが大会前合宿で交わした何気ない会話だった。 「相手にとって一番、ダメージの残る形でヒットを打ちたい」と語るイチローに対して内川は聞いた。「わざと詰まらせることもあるんですか?」と。答えは「あるよ」。 相手が打ち取ったと思った打球がヒットになると、そのヒットはクリーンヒット以上の心理的ダメージを与えることになる。 「そういう形でもいいのかというのは、自分のバッティングの幅を広げてくれました」と内川。林昌勇は右打者の内角に食い込むボールも得意な右腕だったが「詰まっても野手のいないところに落ちればいいと思って打席に入った。それはイチローさんの言葉があったからです」。韓国人右腕のメンタルを揺さぶったヒットが、世界一への扉を開いた瞬間だった。
WBCが自分の価値を高めてくれた
13年の第3回大会準決勝では、一塁走者だった内川がダブルスチールを失敗してそのままチームは敗退。ベンチで号泣した。歓喜と屈辱。その両方を知っているだけに「怖いですよね。野球をやっていて、試合をするのが怖いと思ったのはあの大会だけかなと思います。緊張はほかでもするけど、怖えなと思ってやったのはWBCが初めてだった」というのは正直な言葉だ。 ただ、通常では起こりえないようなミスをした経験は「怖さが野球に対して向き合うことの大切さを教えてくれた。その後の野球人生で、なぜ練習を試合みたいにやらなければいけないのかということを、身をもって教えてもらった」。だから、〈WBCとは〉と聞かれれば、「内川聖一という野球選手の価値を高めてくれた大会」だと胸を張れる。