井上弟の拓真が苦しんでつかんだ1年ぶり復帰勝利に何が見えたか
終盤にかけて口があき、息が上がっているのが見てとれた。1年のブランク。スタミナが底をつきかけていた。8ラウンドには、勝負に出る。強烈なワンツーを浴びせ、右のストレートで久高の左目上を切り裂いた。だが、久高は“打ってこい”のポーズ。リングサイドにいた兄の井上尚が立ち上がって叫んだ。 「ペース配分を考えろ!」 ここで勝負に出てスタミナを使いきり、もし倒せなかった場合のことをしっかりとリスクマネジメントしろ、という指示である。 中盤以降、ようやく左のボディアッパーなどのコンビネーションを使い出したが、井上拓が、本来、やろうとしている“ボクシングの形”は、最後まで崩れたままだった。ボクシングは、戦う意思とペースを奪い合うスポーツである。井上拓の長所を殺し、らしさを出させなかった久高のキャリアと意地を賞賛すべきだろう。 ただ井上拓は、堂々たる判定勝利だった。「98ー92」の採点は、さすがにないが、久高は、25勝(11KO)17敗1分の戦績中、デビュー戦とナルバエス戦以外にKO負けのないタフネスなのだ。 いつも誰以上に厳しい評論を残す兄の尚弥は、「これだけの経験はなかなかできない。1年ぶりですごくいい経験ができたと思う」と、弟を叩かなかった。まだプロ9戦目で、拳の故障を経て1年のブランク。それらの要素を差し引いて、真吾トレーナーも、「本当は、半分ぐらいは(パンチを)外してほしかったけど、ファイターとして引きたくなかったのだろう」と言い、大橋会長も、「気持ちで負けずクリンチで逃げなかった」と評価した。そして、世界再挑戦の機会を年末ではなく「来年」と言った。 久高は簡単に井上拓に世界への階段を上がらせなかった。これがプロボクシングの世界である。その久高に「拳で伝えきれなかったメッセージはなかったか」と、試合後の控え室で聞いた。 「兄が有名で大変やろうな。嫌でも注目されるから。そんな中で頑張って欲しいと思う。思い切り打ってきた左フックや、飛び込んで打つパンチは、彼の、いい部分でもあり、(カウンターをもらう)危険な部分でもある。いずれ世界チャンピオンになって欲しいね」 最強遺伝子を持つ21歳は、復帰戦に何を見たのか。敗戦ボクサーの“屍”を踏み越え強くならねばならない。 (文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)