ブリヂストン元CEO荒川詔四氏が訴訟リスクを負ってまで「超強気な業績目標」を掲げた理由
■ 業界最大規模のファイアストン買収も「ほぼ即決」のわけ ──どのように混乱した状況の解決を図ったのでしょうか。 荒川 従業員の作業の流れを工場出勤時刻から実際に確認し、一人一人と丁寧にコミュニケーションを取り、「もっといい方法で在庫管理をすれば、みんなの仕事もラクになる」と現場に提案し続けました。しばらくは相手にしてもらえなかったものの、徐々に共感を得ることができ、彼らが主体的に改革を進めてくれるようになったのです。 この経験は、私にとって財産になりました。人や組織を無理やり動かすのではなく、相手との信頼関係を築き、ゴールを共有することで相手の自発性を引き出すことが大事だと分かったのです。 ──著書には、荒川さんが社長秘書を務めていた時期、当時の社長が下した米国の大手タイヤメーカー、ファイアストンの買収について触れています。当時、ブリヂストンはファイアストンとの事業提携を進めていたましたが、ピレリから同社株の公開買付が発表された後、ほぼ瞬時にファイアストンの買収を決断したとのことですが、どのような判断があったのでしょうか。 荒川 ファイアストンの買収は、経営トップの「原理原則を重視する姿勢」を目の当たりにした出来事でした。日本を中心とする東アジア地域で安定した経営基盤を築き上げていた当時のブリヂストンの状況からすると、自社の未来に危機感を持っている人はほとんどいなかったでしょう。 しかし、「国境」という参入障壁がほぼないに等しいタイヤ産業は、ミシュラン、グッドイヤー、ピレリなどの巨大グローバル企業が鎬を削る「食うか食われるかの世界」である、と考えていた当時の社長は「ブリヂストンはこのままではいけない」「ファイアストンを他社に取られたら、ブリヂストンは食われてしまう」と強い危機感を持っていました。 だからこそ、買収金額が約3300億円と巨額だったにもかかわらず、ほぼ即決で買収を決めました。社内外において「コワモテ」で知られる社長でしたが、買収決断の背景にあったのは臆病な一面だったのです。 日ごろから繊細に自社の未来を考えていたからこそ、当社よりもはるかに歴史が長い業界最大規模の米国企業を買収するという重大な意思決定を即決することとなりました。これは「原理原則」を徹底的に押さえた、まさに臆病な経営者だったからこその判断だと考えています。