家族の厳しい要求の裏に【介護の「今」】
高齢者が入退院を繰り返せば、多くの場合は心身状態が落ち、日常の生活動作能力は低下する。数年前に夫をみとった後、気丈に一人暮らしを続ける85歳の女性もその例外ではなかった。心臓疾患と呼吸障害に加え、認知症も進行していた。
◇仕切る娘
女性の介護サービスを隣の市に住む娘が仕切っていた。毎日2回の訪問介護、週1回の訪問看護、2週間に1回のヘルパーによる通院介助を前任のケアマネジャーに頼んでプランニングし、週1回泊まり込みでやって来ては、ヘルパーたちのサービスを厳しくチェックしていた。
◇ケアマネジャーの交代
前任のケアマネジャーは、出産による休職のため、後任に引き継ぐことになった。 前任者は申し訳なさそうに語った。 「娘さんが細か過ぎて大変なんです。その大変さを三つの訪問介護事業所でシェアして何とかやってきました。でも、ヘルパーさんたちのストレスはたまる一方で」
◇高圧的な娘
引き継ぎのためのあいさつ。後任のケアマネジャーの前に現れた娘は「いい機会だから、今までのことを話しておくわ」と高飛車に話し始めた。 娘の発言を列記する。 「担当のヘルパーを代えるときは、私に許可を得るとともに引き継ぎを徹底すること」 「朝の食事のおかずは、最低3品出してほしい」 「準備した食事は母のもとに配膳せずに、台所に置いておくこと。それを取りに行くのもリハビリなので」 「ベッドの下にも毎日、掃除機をかけること」 「若いヘルパーは、ザルの洗い方を知らない者がいる。きっちりと教えておくように」 「母は、紙パンツを脱いでいることがある。訪問したらすぐにそれを確かめるように」 「ヘルパーの中には、母の希望だからと決められたこと以外をやっている者がいるようだ。私のいないときにヘルパーに甘えているのだと思う。母のことを一番知っている私の言う通りにやってほしい」
◇娘の高ぶりを抑えたひと言
娘の口調は次第に高ぶり、細かな内容にまで話が及んでいった。 ケアマネジャーは「専門職である私たちを信じてほしいし、認知症があるといっても、何よりも大切なのは本人の意思だ」と反論もしたくなったのだが、初対面でもあり、聞き役に徹することにした。 聞くうちに、「人を信じず、さまざまな要求を並び立てる娘の心の奥には何があるのだろう」との思いが募ってきた。 話が一段落したところで、ケアマネジャーは返した。 「ずいぶんとお母さまのことを大切に思っていらっしゃるのですね」 この言葉は娘にとって意外だったのか、表情がくるりと穏やかに変わった。 「そうなのよ、母は私にぼけたふりをして嫌がらせをしているのよ。姉たちも、私がここまでやっているのを認めてくれない」 姉たちとは、都会に嫁いだ2人の姉だ。3人姉妹の一番下。娘は、母親の世話を一手に引き受けている。