運転免許の返納を踏まえ駅近の土地に建てた「終の棲家」。安全対策として建築家が配慮したのは防火、断熱、さらに…
最寄駅から徒歩約3分。それまでは駐車場だった土地に新居を建てることにしたYさん夫妻。しかし、間口が狭く、奥に細長い市街地特有のコンパクトな敷地は、住宅を建てるには決してベストとは言い難い条件でした。そこで建築家の大江さんは、住み手が安心して心地よく暮らせるよう、住まいの内部環境を徹底的に整えました。 【写真集】駅近の細長い敷地に立つ家。景色を上手に取り込むためには?
終の棲処を駅近の土地に新築
前面道路が東側にあり、東西に細長い約46坪の敷地。南北の両側は駐車場に挟まれており、駅に至近という、まさに絵に描いたような市街地に立つ住宅です。 「これまでは仕事の関係で、人のための建物ばかりつくってきました。だから今度こそ、自分たちの家を建てたいと思ったんです」と語る住み手のYさん。夫妻はそれまでの自宅も津市内に構えていましたが、年を重ね、そろそろ終の棲処のような家が欲しいと考えるように。 その結果、同じ場所に建て替えるのではなく、かねてから駐車場として所有していた駅近の土地に新築することを選んだのは、何より外出時の利便性を最優先にしたため。いずれ運転免許を返納予定だという奥さまの意向も決め手でした。
空や光で家のなかに景色をつくる
設計は、建築に造詣の深いYさんの息子さんからの推薦もあり、マニエラ建築設計事務所の大江さんに依頼。Yさん夫妻からは、居心地のよいLDKと、絵を描くことが趣味のご主人のためにギャラリーを兼ねたアトリエを設けてほしいということなどが希望として挙げられました。 大江さんは、最初にこの敷地を見たときの印象を「3つあった駐車場の真ん中の部分。間口が狭くて、奥に長い敷地でした。市街地のため借景が期待できない立地だったので、空や光を効果的に家の内部に取り入れ、家のなかで景色をつくり上げてしまおうと考えていました」と振り返ります。
安心安全な暮らしのための工夫とは?
実際、ここは準防火地域で規制も多く、大開口を設けるのは難しいと判断。そこで考えられたのが、建物の中心部に“光庭”として中庭を設けることでした。 また、東面のファサードは周辺の商業ビルとなじむデザインをと考えて、プロフィリットガラスを採用。法規上、ダブルのプロフィリットガラスの間に網入りガラスを挟んだ構造に。結果として、防火、プライバシーの確保、そのうえ断熱効果も得られました。このガラス面によって、2階のLDKには柔らかな光がもたらされています。 また、もともとは港町として栄えた津。この敷地も、海抜4mで港からは2㎞ほどの場所にあります。そのため、万が一、震災が起きたときのための安全対策も施されました。 まずは、設計上の配慮。1階のフロアレベルを道路面よりも70㎝上げています。また、居室スペースは、2階以上にプランニング。地盤も柱状改良を行って、しっかりと補強。このようにデザインのみならず、安全性においても非常にクオリティの高い住宅が実現しています。
細長い敷地いっぱいに建てられたコンパクトなこの住まい。しかし内部にいても決して閉塞感はありません。むしろ植栽の緑、自然光、そして水盤やテラスによって、家にいながら自然を通して時間や季節の移ろいを常に感じられ、とても優しい気持ちになります。 このような豊かな住まいは、広い敷地や恵まれた周辺環境だけでは決して得られません。建築家が住み手のライフスタイルや敷地の特性を理解し、必要なもの、幸せに感じられることを具現化したからこそ生まれた、珠玉の住空間です。