マトリのS(スパイ)となった大物密売人の末路とは 実名インタビュー「命がけで協力したのに裏切られた」
「S(スパイ)になってくれないか?」。麻薬取締官(マトリ)からそう誘われ、密売グループの捜査に協力した末に、薬物所持で警察に逮捕された大物密売人の男がいる。約6年半、名古屋刑務所で服役していたが昨年末、仮出所した。 【写真】「刑務官はいい顔をしないが、やめるつもりはない」 刑務所の前で「出待ち」を続ける元密売人の男性、何をしている?
男は法廷で、Sとして違法薬物の取引を通じ捜査協力をしていた状況について説明したが、担当の取締官は「男が違法な取引に関わっていたとは聞いていない」と突き放した。男は仮出所後の今も、「危険を冒して命がけで協力してきたのに、裏切られた。トカゲのしっぽ切りだ」と憤りを隠さない。今回、実名でインタビューに応じ、知られざるSの実態と、身を滅ぼすまでの一部始終を語った。(共同通信=武田惇志) ▽「誰かいねえか」 男は渡辺吉康元受刑者(62)。メキシコに本拠がある麻薬組織のメンバーとして“カルロス”という通り名で知られ、捜査関係者の間では大物密売人としてマークされていた。薬物関係の前科は数多く、これまでに刑務所で暮らした期間は計約27年に及ぶという。 東京都内の待ち合わせ場所に現れた渡辺元受刑者は、無地の白Tシャツにジーンズというシンプルないでたち。目を引いたのは左腕にはめられた金縁の腕時計ぐらいだった。
渡辺元受刑者によると、Sとなったきっかけは、コカイン密輸事件で懲役6年の刑を受けて大阪刑務所に服役していた2008年ごろ、ある刑事事件で警察に協力したことだったという。 情報提供を求められた際、たまたま旧知の刑事だったこともあり、知っている情報を供述した。それにより、捜査当局からは協力的な人物だと見られるようになったと、渡辺元受刑者は説明する。 13年秋に出所すると、近畿厚生局麻薬取締部の関係者から連絡があったという。翌14年7月10日、大阪市中央区の合同庁舎内にある麻薬取締部を訪問。テーブルのある別室に通されたが、そこで出迎えたのがベテランのX麻薬取締官だった。渡辺元受刑者は言う。 「そのときに『誰かいねえか』って聞かれたんで、『じゃあ一つだけくれてやるわ』って、Yという密売人の名前を伝えたんですよ」。渡辺元受刑者はそのとき、Yと金銭トラブルの状態にあったため、情報をつかんでいる密売人として、その名を挙げたのだという。