非売品という常識を打ち破る熱海市刊行の「熱海温泉誌」、市は増刷も予定
熱海市が市制施行80周年記念として今年4月に刊行した「熱海温泉誌」。一般向けに書店やネットで販売され、アマゾンの「日本の地域経済」カテゴリーのランキング1位になるなど売れ行きも好調、市は増刷を予定している。自治体刊行本の多くは非売品という常識を打ち破る異色の「熱海温泉誌」。その刊行の背景を探った。
熱海市役所近くのビル一室に熱海温泉誌の企画・編集を手がけた熱海温泉誌作成実行委員会がある。委員長を務めているのは、温泉評論家の石川理夫氏。国内にとどまらず世界の温泉を知り尽くし、温泉評論家の草分けとして知られている。石川氏のもと副委員長を含めて11人の委員と事務局で構成される実行委員会はいわば熱海温泉誌の編集部だ。執筆は、石川氏をはじめ北海道大学名誉教授の阿岸祐幸氏や京都府立大学大学院専任講師の松田法子氏など様々な分野の研究者ら27人が行った。 熱海温泉誌作成実行委員会の代表を務めているのは内田實氏。熱海市内で開業している耳鼻咽喉科のお医者さんだという。医師がなぜ、市刊行の温泉誌の企画・編集の代表を務めているのだろうか? 実は内田氏は、2000年より温泉療法専門医としても活動しており、NPO法人を立ち上げて温泉と健康をテーマに活動をしてきた人物。しかし、内田氏と温泉との関わりはそれだけではない。内田氏の実家は熱海市内の温泉旅館「古屋旅館」なのだ。
古屋旅館といえば、「早咲き『あたみ桜』のルーツに明治維新とイタリア人の存在」の記事で紹介した熱海でもっとも歴史ある温泉旅館。創業は江戸時代中期、文化3年(1806年)までさかのぼるといわれる。實氏の祖父、内田勇次氏はあたみ桜の増殖を手がけ「熱海桜の由来」という冊子も記している。また、熱海への鉄道開通にも貢献するなど旅館経営者として熱海の発展に尽力した人物だ。 その内田勇次氏が著した本がある。昭和37年(1962年)に講談社から出版された「大湯 熱海温泉の歴史」だ。また、曾祖父も熱海鉱泉誌という本を出版しており、内田家は代々にわたり熱海の歴史や文化についての書物を世に出してきた。そうした祖父や曾祖父などへの思いが、内田氏に「学術的に熱海の温泉をきっちり伝えたい」という気持ちにさせたのかもしれない。 10年以上も前に温泉誌の構想を抱き、取り組みを進めてきたのだという。市の事業として取り組むことが決まった時には、すでに目次はすべて決まっていたのだという。熱海の温泉の歴史を広く知ってもらいたいという思いから、市の刊行物ながら一般の流通に乗せて販売することも当初から決めていた。