兵役を逃れ国境を越えるウクライナ人男性たちの選択――被侵略国が直面する兵士不足の苦悩
狭まる動員包囲網
私はこの前日までの約1カ月、ウクライナ北部のキーウやブチャ、スームィ、北東部ハルキウを回りながら、兵役適齢期の男性たちに話を聞いた。ウクライナ取材は侵攻以来5度目で通算6カ月となるが、男性たちの様子は明らかにこれまでと違っていた。 いつも通訳をしてもらっていたキーウとハルキウの男性はともに、駅で待ち合わせるのを嫌がった。徴兵担当者との遭遇を恐れていたのだ。召集令状を渡されると、指示通りに徴兵事務所に出向かなければ罰金や刑事罰の対象になる。ネット上では、兵士が兵役を拒む男性を強制的に連行する動画が出回っており、男性たちは神経をとがらせていた。 彼らが外出時に欠かせないという「キーウの天気」というタイトルのSNSテレグラムのチャンネルを見ると、太陽や雨雲のアイコンが並んでいた。地名や道路名のあとに、「快晴」「午前11時現在は雨」などと記されている。検問や徴兵担当者の動向を天気にたとえて情報共有しているのだ。登録者は6万8000人に上っていた。 テレグラムには国外脱出を請け負う業者の広告もあふれていた。 「国境を問題なく通過して動員を逃れることができます!」 健康上の理由で兵役が免除されたことを示す「ホワイト・チケット」と呼ばれる証明書の手配をうたう宣伝文句だ。費用は13万フリブナ(約50万円)で、十二指腸潰瘍の名目で7営業日以内に用意するという。国境施設を正規に通って出国できた証拠として、ポーランドの入国スタンプがついたパスポートの画像まで投稿されていた。 兵役を免除する代わりに賄賂を受け取る汚職も横行し、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領は23年8月、すべての州の徴兵責任者を一斉に解任し、検察が徴兵事務所や健康診断を担う医療機関を捜索した。ウクライナ国境警備隊はこれまでに450の手引き業者を摘発した。 士気の高いウクライナ軍は当初、各地で領土を奪還した。その後戦線は膠着し、激戦地バフムートやアウジーイウカなどの防衛戦で兵力は消耗し、反転攻勢で死傷者は膨れ上がった。ゼレンスキー氏は23年12月、軍が最大50万人規模の動員を求めていると言及し、24年2月には自軍兵士の死者数を3万1000人と初めて明かした。負傷者も多く、兵員を補充しなければ戦線は維持できない。動員が急務になるなか、ゼレンスキー氏は4月、戦闘任務に動員できる年齢の下限を27歳から25歳に引き下げる 法案と、軍当局への個人データの登録や関連書類の常時携行を義務付ける法案に相次いで署名。国外にいる18歳から60歳までの男性へのパスポート発行などの領事サービスを一時停止するなど、動員対策を矢継ぎ早に打ち出した。 包囲網を狭めていく政府に対する不信感も高まっていた。 キーウ中心部の独立広場を訪ねると、来るたびに増えていた戦没者を弔う小旗が、もはや地面が見えないほど芝生をびっしりと埋め尽くしていた。 自営業アルトゥル・イアスティブリアクさん(24)は「恐怖という感情があったのは昨年までです。いまはただただ疲れ果てています」と漏らすと、政府への憤りをあらわにした。 「政府は間違った方向に進んでいます。あらゆる手で人々を戦場に押し込もうとしていて、私も身の危険を感じています。みんな外国に行く機会に目を向けています」 彼自身はどうかと尋ねると、「考えたことはあります」と苦笑いを浮かべた。 「でも今はチャンスがありません。川で死ぬリスクがあります」