「昔のほうがよかった」とは全く思わない――東村アキコが考える「恋愛」「お金」「漫画」の今
放置していると言いながら、デビューを目指すアシスタントを応援し、東村プロから何人もの漫画家が生まれた。 「コツみたいなものは伝授しようとします。自分の風呂敷を広げすぎない。大学の時の教授が、もがき苦しんでスキルをつけられるのは10代だけだと言ってたんです。デッサンは17、18歳でやらないとダメだって。若いうちしか身につかないものはあって、アシスタントさんには30代の人も多い。絵が下手でも描ける漫画はあるし、今のスキルで表現できる方法はある。無理せず、その表現方法を探すほうがいいかな、と」
鼻歌まじりで漫画を描く。iPadにペンを走らせる姿は軽やかだ。 「漫画家は、職業としては楽なほうかもしれないと思います。お菓子を食べながら、気の合う仲間と座って内職ですから。長距離トラックの運転手のほうがきっと大変です。お医者さんなんて、立ったまま手術するでしょ。職場で私語がオッケーなだけで、相当楽ですよ。会社勤めでテレオペやってた時は、しゃべれないことがつらかった」 「私の根本には、子どものころ、漫画って気楽に読んでたじゃん、というのがある。『AKIRA』とか手塚治虫先生の作品みたいなすばらしいものもあるけど、われわれぐらいの人は気楽に描いて、『先生、今回ハズレだな』みたいなこともあっていいんじゃないかなって。時々面白いのが描ければいいじゃん、という思想があるんです」 楽しくたくさん働いてきた。それでも、締め切りのない生活には憧れる。 「セミリタイアするのは、もう決めてる。50を過ぎたら、感覚的にずれてくることもあるだろうし。20年以上、締め切りがある生活をしてきたから、ない生活がどんなものかやってみたい。やってみたらそわそわして、また戻っちゃうかもしれないですね。でも今はまだ、描きたい話が次々出てくるから、描かんと気がすまんっていうのがあります」
--- 東村アキコ(ひがしむらあきこ) 1975年、宮崎県生まれ。99年、漫画家デビュー。育児エッセイ漫画『ママはテンパリスト』が大ヒット。自伝漫画『かくかくしかじか』で多数の賞を受賞。2019年、『東京タラレバ娘』で、アメリカのアイズナー賞最優秀アジア作品賞、20年、『雪花の虎』がフランスのアングレーム国際漫画祭でヤングアダルト賞を受賞。『私のことを憶えていますか』『東京タラレバ娘 シーズン2』『美食探偵―明智五郎―』を連載中。 スタイリング:斉藤くみ