「このまま放置すると、いずれ中国社会は大変なことになる」…これまでの中国には「存在しなかった人」とは
中国は、「ふしぎな国」である。 いまほど、中国が読みにくい時代はなく、かつ、今後ますます「ふしぎな国」になっていくであろう中国。 【写真】中国で「おっかない時代」の幕が上がった!? そんな中、『ふしぎな中国』の中の新語.流行語.隠語は、中国社会の本質を掴む貴重な「生情報」であり、中国を知る必読書だ。 ※本記事は2022年10月に刊行された近藤大介『ふしぎな中国』から抜粋・編集したものです。
啃老族(ケンラオズー)
流行語というのは、はやりすたりであって、通常は一、二年もすれば忘れ去られていく。それは日本でも中国でも同じである。 ところが、何年も流行語であり続け、栄えある中国社会科学院語言研究所編纂の『現代漢語詞典』(第6版、2012年)に「格上げ」(収録)された流行語がある。それが「啃老族」だ。 「啃」は「齧る」。「老」は「親」を意味する。すなわち「啃老族」は、「親のすねかじり族」。いい年して、いつまでも親のすねばかりかじっている若者を指す。 「啃老族」が中国で話題になりだしたのは、胡錦濤政権前期の2005年のことだ。都市部にマンションの建設ラッシュが起こり、市民がマイホームを持ち始めた頃である。 1980年代までの中国というのは、民営企業は存在せず、学校を卒業すると、就職先は国家機関か国有企業などの「単位(タンウェイ)」だった。「失業者ゼロ」というのが社会主義国の建て前だったので、すべての若者が「単位」に組み込まれた。そして基本的に結婚すると、「分房(フェンファン)」と言って社宅を与えられた。 ところが21世紀に入って、民営企業が勃興し、民営企業への就職が一般化しだした。同時に、「単位」は「分房」を止め、人々はマンションを購入するようになった。 そうした社会背景のもとで、それまでの中国には存在しなかった「啃老族」が生まれたのである。 2005年当時、「啃老族」の専門家としてマスコミで引っ張りだこだった夏建華四川理工学院政法学部副教授は、「啃老族」を、以下の6種類に分類した。 〈第1類 全面依頼型〉 一人っ子世代で、両親の愛情を一身に受けて育ったため、成人しても自分で独立していこうという意志に欠ける若者たち。海千山千の人々の社会に飛び込んでいく勇気がなく、相変わらず親に依存している。 〈第2類 部分依頼型〉 百パーセント親に依存したり、就職を拒否しているわけではないが、当面は親の家があるからと、のんびりした生活を送っている若者たち。 〈第3類 冷淡型〉 親に反抗していたりして、閉め切った自室で親とは別世界に生きているが、それでも親のすねをかじって暮らしているタイプ。 〈第4類 消極型〉 大学時代に遊びすぎたり、望んでいた仕事に就けなかったりして、ブラブラしている若者たち。 〈第5類 悪意型〉 職場をクビになったりして、あくせく働くことに嫌気がさしてしまい、いっそのこと親のすねをかじって生きてやろうと決意しているタイプ。 〈第6類 家事型〉 病気になったりして、自宅にいる期間が長くなるうちに、父母の面倒を見たり、家事をして過ごすことに慣れてしまった若者たち。 いずれにしても、2005年当時に議論されていたのは、「このまま『啃老族』を放置しておくと、いずれ中国社会は大変なことになる」ということだった。 だが、よくも悪くも鷹揚だった胡錦濤政権は、特に政府として手段を講じることはなかった。経済は右肩上がりで順風満帆に成長していたし、少しくらい「啃老族」がいようが、社会全体としては十分吸収できたのである。余裕があったということだ。 だが、それから15年以上を経た2022年夏、中国政府は大慌てすることになった。 コロナ禍は3年目に突入し、習近平主席が極端な「動態清零(ドンタイチンリン)」(ゼロコロナ政策)に固執したため、中国経済は苦境に立たされた。 第2四半期(4月~6月)の経済成長率は、0.4%と低迷。3月の全国人民代表大会の政府活動報告で、李克強首相は「5.5%前後の成長目標」を高らかに宣言したというのに、早くも失速してしまった。 特に、前述のように7月の若年層(16歳~24歳)の失業率が、過去最高の19.9%を記録した問題は深刻だった。 その間、政府は拱手傍観していたわけではない。企業と学生とのマッチングをサポートしたり、雇用を増やした企業の税金を優遇するといった措置を取ってきた。大学院に進学する枠を増やしたり、「一帯一路」沿線国での就業の奨励まで行った。 だがそれらは、しょせんは弥縫策であり、中国経済が健全に発展していかないと、とても大量の若者は受け入れきれない。 そうした中、2022年に「啃老族」は、若者たちの主流を占めると言っても過言ではない存在になった。2005年に出現し始めた頃は、大人たちから奇異な目で見られていたが、いまや「あなたも啃老」「私も啃老」である。 バイドゥ(百度)の「貼吧(ティエバー)」(ネット掲示板)の中にある「啃老族吧」(啃老族掲示板)には、23.9万件(2022年9月現在)もの書き込みがあって、啃老族たちの間で日々たわいもない意見交換が展開されている。 例えばある日、「新入り」が、「僕は啃老3年目で、いま欲しいのは同じ『啃老女朋友(ニュイポンヨウ)』(啃老彼女)です」と自己紹介した。すると、「『啃老男女(ナンニュイ)』(啃老カップル)は何して過ごすんだ?」「やっぱり『手遊(ショウヨウ)』(スマホゲーム)だろう」などと議論が進んでいく。別のところでは、「こんなに大きなスイカを食べた」という話からスイカ論議になっていた。 このような「啃老族」が40代、50代になったら、中国社会はいったいどうなってしまうのか。親はいなくとも、その遺産さえあればよいということなのか? ちなみに2022年現在、中国に相続税は存在しないが、おそらく将来は導入されるだろう。 さらに、最近の中国社会には、「啃老族」から派生したような種族が、次々に登場している。以下、彼らに付けられた「名前」を追ってみよう。 〈巨嬰(ジュイイン)〉 巨は「巨人」「巨体」で、「嬰」は「嬰児」、すなわち赤ちゃんだ。 体重5000gで生まれた巨体の赤ちゃんのことではない。成長して少年少女になっても、果ては成人しても、相変わらず赤ん坊のような精神年齢しか持ち合わせていない若者たちを指す。 私は2008年から、週に一度、明治大学で「東アジア国際関係論」を教えており、毎年数十人の中国人留学生に接している。その中で、最近の中国人留学生の傾向の一つが、男女問わず、やや小太りで甘ったるい中国語を話す若者が増えたことだ。 100分の授業後、彼らが質問しに来たと思ったら「先生、コンビニのアイスクリームは何がおいしいですか?」などと聞いてくる。「これが噂の『巨嬰』か」と苦笑してしまう。 〈草苺族(ツァオメイズー)〉 英語にすれば「ストロベリー.ジェネレーション」、日本語なら「イチゴ世代」。すなわち、見た目は煌びやかで美しいが、中身は水っぽい(弱々しい)若者たちを指す流行語だ。 やはり明治大学で、尖閣諸島問題について講義していた時のこと。オシャレな格好をした中国人留学生の女性が挙手して、「釣魚島(ディアオユイダオ)(尖閣諸島)は中国固有の領土です!」と反論した。そこで私は、「ではなぜ中国の固有の領土なのか、皆に説明して下さい」と促した。そうしたら彼女は言った。「だってCCTV(中国中央電視台)がそう報じているんだもん」 〈尼特族(ニートゥズー)〉 「尼特」は「ニート」(就労・就業意欲のない若者)の音訳である。「尼特族」も、前述の状況下で急増中だ。 私は個人的には、優秀でヒマしている中国の若者には、どんどん日本へ来てほしいと思っている。高齢化率29.1%(2022年9月現在)という世界一の高齢化社会の日本で、特に地方は人手不足で、助けてほしいことが多々あるからだ。 来たれ、啃老族!
近藤 大介(『現代ビジネス』編集次長)