戦国時代が舞台なのに戦闘シーンが出てこない? 今村翔吾が挑戦した「新しい歴史小説」の形
仕事に対するさまざまな姿勢
――五奉行全員で夜を徹して下準備に当たるなど、仕事に全力で臨む姿が清々しく書かれます。 令和の今の時代、24時間戦うような昭和のサラリーマン像は批判されがちで、盛んに「ワーク・ライフ・バランス」が叫ばれますよね。それ自体は悪いことじゃない。 ただ、寝る間を惜しんで業務に当たることに充実感を得て、出世にも貪欲、お金もしっかり稼ぐ。そんなふうに仕事に生きたい人は今もいます。 僕自身が何よりそう。五奉行のようにむちゃくちゃに働いて幸せを見出すタイプです。最近の日本は多様性を大事にしようと言いながら、プライベート重視こそが正しいと偏っている印象があり僕らは肩身が狭い(笑)。 自分の人生の形は自分で決めていいし、働き方も自由。そんな思いを五奉行に託しながら、すべての仕事をしている人に向けて書きました。 作中にもありますが、最終的には名誉でも金銭でもなく、自分の感情が乗るから素晴らしい仕事ができる。そんな思いを夢と呼ぶと思うんです。 ――五奉行たちのさらりとした関係性は、現代でも理想的に見えます。 彼らのチームワークを支えているのは簡単に言えばお互いへの「信頼」。でもそれは個々人が、自分ができる仕事に対して持っている「自信」に裏打ちされています。信頼と自信は隣り合わせであり、自分すら信じられない人は他人を頼ることができません。相手に求めるより、まず自分を一旦、見返すことが信頼できる関係性を築くために大切だと考えます。
最終作で描くのは「朝鮮出兵」
――主君の秀吉や親友の大谷吉継、本作では敵役の千利休や伊達政宗ら、登場人物全員が生き生きと描かれています。 書いていて、彼らが勝手に話し始めたり、動き出したりする感覚は確かにあるんですが、その根源は何だろうと、最近よく考えます。結局、僕の中では彼らが生きていて、人物像ができあがっていることに尽きるんです。 池波正太郎先生や吉川英治先生の作品など数多くの小説を読んできました。文書などの一次史料や郷土史、地域だけに伝わる伝承を読み込み、実際に歴史を知る方々にお話を聞いた取材など、糧になった経験は多岐にわたります。その蓄積で生まれた内的な世界に、彼らは住んでいるんです。 その世界の中からテーマに沿って、クレーンゲームでガサガサッとひと塊の物語を拾い上げてくるイメージで小説を書いています。 本作でも『塞王の楯』の立花宗茂や穴太衆、『幸村を討て』の伊達政宗などが描かれますが、拾い上げた塊の中に彼らも混ざっていた感じ。ある時は脇役として、複数の作品をまたいで登場する人物も最近は多くなってきましたが、書くたびに人物像がさらに強く固まっていく印象もあります。 ――前作に続き、三成は平和な世界の理想像を胸に抱いています。 前作で三成が「武士が多すぎる」という考えを披露しますが、実は本作で長束正家が先に話していることがわかります。正家の影響を受け、三成が自分の中で練り上げ、発展させたわけです。 平和についてはどれだけ書いても書き足りないテーマです。綺麗ごとだとは思う。でも綺麗ごとすら言えない世の中になったらとても危険です。 数年前から「熱い今村節」みたいなことを言われ、当初は嫌でしたが(笑)、最近は逆にうれしい。1分1秒でも大人になるのを遅くして、青くて熱い理想家として小説を書き続けたい。 僕は三成を3作書くと決めています。読者の方から「最後は関ケ原ですか?」と聞かれることも多いですが、実は違う。「朝鮮出兵」を描く小説です。関ケ原を終点にした三成の人生が自然に浮かび上がる、そんな内容を目指しています。 (取材・文/佐藤太志) 「週刊現代」2024年12月21日号より
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