「楽に受験できる」「実績やPR重視」は本当か? 噂だらけ「総合型入試と探究」理想と現実のズレ 来年に向け確認を
これは大学入試における総合型選抜でも言えることだが、果たしてそうした観点を持って評価できているかは、大学の見識の問題であり、入学者確保に邁(まい)進する大学と入学後の受験生の成長を考える大学とでは評価の在り方はかなり異なるだろう。 ■「学ばない生徒」は「学べない学生」になる こうした大学のスタンスの違いが総合型選抜をイメージしにくくする。実際、実質倍率(受験者数÷合格者数)が2倍を下回るような大学では、「探究が……」「基礎学力が……」「学ぶ意欲が……」なんて小難しいことを考える余裕がない。
実質倍率2倍を下回ると、不合格者よりも合格者が多くなる。実質倍率が1.1倍しかないのであれば、もはや合格者を決めるのではなく、わずかな不合格者を選ぶ作業になる。もっと言えば合否のラインを引くというより、不合格にする理由を探すのだ。こうなると、受験生の受験準備も緩くなってくるだろう。なにしろ小難しいことを考える必要はない。 しかし、そのような状況で受験生を入学させていいものだろうか。 そもそも「学力の三要素」では、基礎学力において「基礎的な知識及び技能を習得させるとともに、これらを活用して」とあるように、これらの基礎的な知識、技能なくして「課題を解決するために必要な思考力、判断力、表現力その他の能力」は育めないのである。
以前の記事でも書いたが、総合型選抜であっても学校推薦型選抜であっても学力を問うように文科省は求めている。 少なくとも大学入学共通テストまたは小論文等、プレゼンテーション、口頭試問、実技、各教科・科目に係るテスト、資格・検定試験の成績等の評価方法のうちいずれかを必ず活用することを義務づけている。これにより、目的意識や学習意欲だけでなく、大学で学ぶために必要な基礎学力も適切に評価することになる。 受験準備が緩くなった「学ばない生徒」は大学入学後に「学べない学生」にスライドする。大学教育にふさわしい準備ができているかは、こうした基礎学力とそれにともなう学ぶ意欲で評価されるはずだ。「学ばない生徒」では大学に進学する価値はない。