「自分のスケート」完結のため、引退を1年延期 大学休学を経て、再認識したかけがえのない出会い
仙台市を拠点にフィギュアスケーターとして活躍し、今年3月に競技生活からの引退を発表した東北生活文化大学の三浦向日葵(3年、東北)。昨年は競技に専念するため休学し、今年から再び大学に通って学業に励んでいる。後編では、休学という「大きな決断」を下した理由や、学業とスケートの両立の難しさについて話を聞いた。 【写真】表情豊かに滑る三浦向日葵のスケーティング
「大学2年生まで」の覚悟で臨んだ両立の日々
5月中旬、取材のためキャンパスを訪れると、真剣な表情で栄養学に関する講義を受ける三浦の姿があった。東北生活文化大では家政学部家政学科健康栄養学専攻に在籍。管理栄養士、栄養士、栄養教諭の資格取得を目指して日々勉強に精を出している。 競技を引退した今でこそ学業に専念できているが、大学2年時まではスケートとの両立に苦しんだ。たとえば1限と4限に講義がある日は、1限の講義を受けた後、2、3限の時間に徒歩30分ほどかけてアイスリンク仙台に向かい、練習をしたのち大学に戻って4限の講義を受けた。自宅で午前4時半ごろまで課題に取り組み、6時からの朝練に寝ずに参加することもあった。 そもそも、大学で競技を継続する仙台のスケーターは一握りだ。三浦と同年代の選手も、受験などを機に中学や高校を卒業するタイミングで引退した選手がほとんどだった。三浦自身は「大学の勉強が忙しくなったらスケートは諦めないといけない」と覚悟した上で競技を継続。また3年生からは実習が始まるため、当初は「2年生まで」をタイムリミットに設定していた。
「自分のスケート」完結させるために選んだ道
ラストシーズンにするはずだった大学2年目のシーズン。全日本選手権につながる東日本選手権のショートプログラムで26人中25位に沈み、フリーに進むことができなかった。「頑張ってきたスケートをここでは終われない」。悔しさが募り、引退を1年〝延期〟する意思を固めた。 東日本選手権から約1カ月後の冬季国体予選ではパーソナルベストを更新。手応えを感じた上、このシーズンから師事した田中総司コーチにも「来季に向けて先が見える試合だった」と前向きな言葉をかけられ、モチベーションは一気に高まった。一方、3年生になって学業が忙しくなるのは避けられない。葛藤した末、決断を下した。 「(休学によって)私と同じ年代の人よりも卒業が遅れるし、復学した時には下の学年の人たちと勉強することになる。全く違う人生になるので、すごく迷いました。でも、10年以上やってきた自分のスケートを完結させるためには、3年生のカリキュラムをこなしながら中途半端にやる決断をしたくはなかったので、1年間休学期間をいただきました」