認知症で問題行動を起こす患者にはどんな対応をするのか【正解のリハビリ、最善の介護】
【正解のリハビリ、最善の介護】#47 「ビックリしました。まるで別人です……こんなに良くなるんですね。表情がまったく変わりました。本当にありがとうございます。うれしいです」 突然母が別人になった(4)真夏なのに「春」と答え、ここがどこかもわからない 85歳の女性が当院に入院されてから1週間後、ご家族からこんな言葉が聞かれました。 その患者さんは大きな脳梗塞を発症後、右片麻痺、嚥下障害、失語症、高次脳機能障害が生じ、経管栄養で全介助の状態でした。リハビリや介護も拒否して、特に感情障害と精神症状が強い状態でした。 このため、治療を受けていた前の病院で「脳血管性認知症によるBPSD(認知症の行動・心理症状)」と診断されていました。 認知症の治療は「環境調整」「関わり方」「内服治療」の3本柱です。当院では24時間365日看護ケアをするため、外来診療でわからない問題点がすべてわかります。 患者さんの状態を評価して、対策して、治療して、どこまで回復できるか、安定した生活を送れるようになるか、が勝負です。 前の病院では、夕方から体動が激しくなり、夜間は職員が付きっきりで、まとまった睡眠もとれなかったといいます。しかも、失語症で意思の疎通は困難。毎晩深夜帯に自分で服を脱いで裸になり、排尿や排便も手で触るため、ベッドシーツやベッド柵が糞便まみれになり、毎晩のシーツ交換が大変だったそうです。 こうした状況から、患者さんは上肢を抑制された入院生活をされていました。そのためか、リハビリ拒否や介護拒否もあり、前の病院ではさじを投げられていたのです。ご家族も入院相談に来られた時に、「毎晩、錯乱して病院に迷惑をかけているそうです。なんとかお願いします。すべてお任せしますので、よろしくお願いいたします」と深々と頭を下げて帰られました。 ■「嫌だ」と感じる行為や表情をしてはいけない 私自身、かつて父親の介護で同じ思いを経験したので、なんとか穏やかな状態になってもらいたいと強く思いました。看護ケアを行う家族やスタッフから“嫌われる状態”では、毎日が不幸せになってしまいます。看護ケアされる側も、看護ケアする側も、気持ちよく毎日を継続できる状態まで、患者さんの感情障害と精神障害を治療することが大切になります。 当院に入院された日、患者さんは失語症のため言葉による意思の疎通はとれませんでしたが、目で挨拶ができて、笑みを少し浮かべられたので、「治療はできる」と前向きな判断ができました。さじを投げる認知症ではないのです。 そして、職員全員が穏やかに「ようこそ、一緒に回復しましょう」という気持ちで関わりました。ここで覚えておくべき点は、関わる時に患者さんが嫌だと感じる行為や表情をすると、患者さんはその職員を覚えてしまい、看護ケアの介入を拒否するようになるということです。 入院日の夜は、前医が処方した薬をそのまま使って一晩評価することにしましたが、夜勤の看護師たちは大変な状況になりました。患者さんが前の病院とまったく同じ状態だったからです。 環境調整と関わり方だけでは対応が困難でした。そのため、入院翌日には、夕方の不穏が生じないように向精神薬を十分量使い、さらに、夜は眠れるように睡眠薬治療も追加しました。これにより、夜間興奮と混乱はほぼなく、睡眠もでき、翌日の覚醒はよく、日中の傾眠も認めませんでした。「よし、これでリハビリに専念できるぞ」と手応えを感じました。 しかし、次の深夜帯、睡眠中にそのまま脱衣をして、尿便の汚染行為が起こりました。当院は体の抑制は行いませんから、その後も健側(障害がない側)の左上肢で脱衣を続けることになりました。そこで、ご家族に病態を説明し、納得していただいたうえで、上着と下着が一体となったロンパース(つなぎ服)の着用を開始しました。これにより、夜間の汚染行為も改善しました。これが環境調整になります。 現在、患者さんに看護ケアやリハビリに対する拒否はなく、問題行動もありません。穏やかに職員と接し、看護ケアを受け入れ、重度麻痺にもかかわらず、積極的な長下肢装具によるリハビリも行うようになりました。 感情障害や精神障害を治療するためには、内服治療による“医療力”が極めて重要です。患者さんに穏やかになっていただく結果を出さなくてはならないのです。 (酒向正春/ねりま健育会病院院長)