「がんをデザインする」31歳で乳がんと診断された中島ナオさんがプロダクトを通して伝えたかったこと
「がんをデザインする」そう言ったのは、31歳で乳がんと診断された中島ナオさんです。ナオさんはナオカケル株式会社を2017年に立ち上げ「髪があってもなくても楽しめる帽子」「下着をつけていなくても人に会える服」など、がんの治療経験から生まれたプロダクトを生み出しました。今回は、中島ナオさんのお母様で、現在ナオカケル㈱の代表を務める加藤ゆう子さんに、ナオさんの立ち上げたプロジェクトについてお話をお伺いしました。 〈写真〉自身がデザインした帽子をかぶる中島ナオさん ■ありのままの自分を活かせるおしゃれがしたい – 中島ナオさんは、生前「がんをデザインする」というメッセージを発信されていましたが、それはどういうことでしょうか? 加藤さん: がんと診断されてからも、普通の暮らしは続いていきます。もちろん病院に通って治療はしますが、これまでと変わらず、料理をしたり、買い物に行ったりもします。一方、そんな暮らしが続いていく中で、脱毛で見た目の変化があったり、指の痺れで持っていたカップを落としたり、体も疲れやすく次々と困ることが起こります。治療優先の生活になり、それまで楽しんでいたおしゃれも我慢しなくてはいけなくなり、日々違和感を感じることが、増えていきます。それらを、もっと楽に、自分の助けになるような工夫や知恵を取り入れていくというのが、後に中島ナオの言っていた「がんをデザインする」ことになっていったのでは、と思います。 – がんであっても、生活を快適なものに、心地のよいものに近づけていく、ということが「がんをデザインしていく」ということでしょうか? 加藤さん: そうですね。生活の中で感じる違和感や問題を解決しようとする行動が「がんをデザインする」ことだったかと思います。「N HEAD WEAR」や「Canae」というブランドが生まれる前ですが、生活の質(QOL)を向上させる鍵だったのかもしれません。 – N HEAD WEARもCanaeも、どちらもとても華やかで、見ていてとても楽しい気持ちになります。最初はN HEAD WEARを立ち上げたと伺っていますが、ナオさんは乳がんと診断されてから、すぐに帽子を製作するようになったのでしょうか? 加藤さん: 2014年の春、31歳の時に乳がんと診断されました。その当時、病院に置かれていたパンフレットで見たウィッグやケア帽子は、もともと着ていたファッションには合わせにくいと感じたのか、本人がかぶりたいものはありませんでした。おしゃれを楽しんでいた生活から一変して、色々な事を我慢して生活していたと思います。ただ、その時期、休職中だった事もあり、大学院受験に挑戦することを決心しました。治療を続けながら受験勉強をし、手術後に合格通知が届きました。「世の中に認められた気持ちだった」と後に聞いて、本当に嬉しかったんだ、と思いました。翌年の春、生え揃わない頭髪にニット帽をかぶり、少年のような格好で2度目の学生生活がスタートしました。たくさんの学生と触れ合う生活で、がんであることに気づかれないように常に帽子をかぶる工夫をしていました。 – そこから、どういった経緯で帽子の製作に至ったのでしょうか? 加藤さん: 手術を受けてから2年半後の大学院2年の秋に、定期検診で肝臓に転移が見つかりました。それ以前の2年半の間は、どちらかと言うと、がんと診断される前の自分の姿に自然と近づけていたと思います。けれど、再発が分かって、いつ治療が終わるか分からないという状況になった時に、外見はもう元には戻らないのかもしれない、それならウィッグではなくて、この髪の毛のないありのままの自分を生かせるおしゃれができないかと、考えはじめたようです。大学院を卒業する頃には、新たな治療も受けながら外に出て、どんどん行動していました。帽子については色々と考えているようでした。最初は自分で作るという発想はなく、既存のもので良いものがないかと探していました。色々なところをまわってみましたが、「これだ!」と思えるものが、なかなか見つからなかったようです。お店で売っている帽子は髪の毛があること前提で作られている物がほとんどです。脱毛によって、髪の毛が少なくなると生え際も気になります。それは本人が求めていた「頭をすっぽりと覆い、深く被れるおしゃれな帽子」ではありませんでした。これだけ探して見つからないのであれば作ろうと自分のために帽子を作りはじめた、という経緯です。最初は、家の中でかぶるための帽子を、編んで作っていました。新しい帽子ができる度に、見せにきて「どう?」と聞いていましたね。褒めたり、ときに辛口の意見を言われても気にせず作り直して…を繰り返し、そのやり取りはとても楽しい時間でした。 – 製品化しようとしたのは、何かきっかけがあったんですか? 加藤さん:しばらくして、それまで家の中だけでかぶっていた帽子を、外にかぶって行くようになったんです。すると、ある日見知らぬ方から「素敵ね!」と声をかけられたようで、とても喜んで家に帰ってきました。もしかしたら、家族から褒められるよりも、嬉しかったのではないでしょうか。事情も何も分からない方が見て、そのままを素敵と言ってもらえたことは、純粋に嬉しかったことでしょう。おそらく力をもらったんじゃないかなと思います。そこから、色々積極的に動くようになっていった気がします。それまで帽子を作る勉強をしてないですし、知識もなかったので、帽子を作るプロの方の協力を得て、帽子作りをお願いできないか、と思っていたようです。けれど、色々な方々に相談していく内に、「君の頭の中で考えてることは君がやるしかないんだよ」とアドバイスを受け、それがきっかけで自分で会社を起こして、帽子を作っていこうと決意したようです。この頃から迷いはなく、何かを決めるのが早くなったと記憶しています。 – N HEAD WEARをはじめた時、どんなことをナオさんは目指していたのでしょうか? 加藤さん: アクセサリーのようなおしゃれを楽しむためのものとしてかぶる帽子というのを目指していました。本人は、N HEAD WEARをはじめた当初から、「メガネのようなアイテムになったらいいな」というのを常々言っておりました。メガネは、本来は視力を補う為のものでしたが、今では顔の印象を変えるために、おしゃれなアイテムとしてメガネをかける人が当たり前のようになりました。世の中を見渡した時に、治療中の人なのか、元気な人なのか分からないけれど、同じようにこれが好きだからとかぶってもらえるような帽子になったら嬉しいですし、それをずっと目指しています。 – N HEAD WEARに続いて、Canaeもローンチされましたよね。 加藤さん: はい。おしゃれをする上で、胸元は気になるポイントだと思うんですが、娘は胸を切除しておりましたので、下着で工夫していました。ただ、2019年の終わりから20年にかけて、体への負担が大きくなっていき下着の締め付けが苦しく感じるようになっていきました。けれど、精力的にインタビューを受けたり、色々な方とお話をする機会が増えていき、そのような場では身なりをきちんとしたい、おしゃれをして人前に出ていきたい、という思いがあったようです。そういったことから、おしゃれで、リラックスもできる洋服を作りたいと、Canaeの製作に至りました。Canaeの洋服は、胸元に華やかな装飾があります。ですので、下着をつけていないというのが分からないようなデザインになっています。一枚でそのまま着ることができて、検査着としても使えるようになっています。 – おしゃれで、楽ちんというのは理想的ですね。 加藤さん: そうですね。「おしゃれで楽ちんだから」という理由で、治療中ではない方にも選んでいただくことが多いんです。例えば、赤ちゃんのいるママは楽な洋服の方が授乳しやすいけれど、上のお子さんの保育園の入園式ではフォーマルな印象にしたい。そんな時にカットソー素材でさっと着られて胸元に花のモチーフがついたCanaeのブラックを着ていかれて素敵な写真を後で見ることができました。大切なお子さんのハレの日に選んでもらい嬉しく思いました。Canaeは胸元に程よい華やかさがあるので、ウェブ会議用の洋服としても好評です。 ■「おしゃれをしたい…!」がパワーになる – ナオカケルがはじまって今年で7年になりますが、これまでどういったお客さまに支持されていると感じていますか? 加藤さん: 年齢層は、20代の方から60代の方と幅広いです。基本的にオンライン販売が中心ですが、ご注文の際にメッセージをいただくことがあり、質問にお答えしています。また、年に数回展示会などで、お客様と直接お話しする機会もあります。みなさん、がんという病気があるけれど、生活を楽しもうとしていることが伝わってきます。積極的に自分に似合うもの、好きなものを取り入れようとしているようです。 – お客様からどういったお声をいただくことがありますか? 加藤さん: 以前、治療中のお母さまにプレゼントされた娘さんから、C-LINEという「コットンベレーの修理が出来ませんか」と連絡がありました。修理は受けたことがなかったのですが、工房とやり取りをして修理することができました。お預かりしたベレーを見た時にとても綺麗に使用されていて胸が熱くなりました。「母は修理をしたベレーはプライベートで使用して、新しいのは毎日通勤用に使用しています」と娘さんからお手紙をいただき新たに同じベレーを注文いただいた事を知りました。今も2つのベレーをかぶっていただいていると思います。 – 医療用ウィッグは、締め付けがきつく、長時間使用することもとても負担だということを聞いたことがあります。 加藤さん:ウィッグは、被り心地良く快適に使用しておしゃれを楽しんでいる人も、一方で苦手な方もいると思います。娘はウィッグの時もありましたし、ニット帽子ばかりの時もありました。ウィッグで長時間の外出は、頭の締め付けや汗が気になってなんとなく落ち着かなかったようです。 – Canaeについては、どんなお声がありますか? 加藤さん: 花のモチーフがかわいい印象のトップスのカットソー(Hana)はおしゃれな上、リラックスして着られて診察や検査着として使えるのが嬉しい。」と言われることがあります。袖が広く五分袖なので点滴や注射なども腕に負担なく上げ下げできて、ゆったりとしていて背中には何もデザインがないので、着たまま横になって休んでも病院からそのまま帰ることができます。 – おしゃれを楽しむと同時に、とても考えてデザインされているんですね。 加藤さん: そうですね。体への負担を軽くするために、ナオ自身が実際にどんな着心地なら楽に過ごせるかを確かめながらデザインしていきました。腕を上げた時、着替える時にすっとかぶれるか、首が開きすぎて気にならないかなど。そして、思わず着て見たいと思えるおしゃれなものを目指して、Canaeの製作をお願いしているワタナベ カズエさんと作り上げて行きました。 – お話を伺っていると、ナオさんにとって、おしゃれということがとてもパワーになっていると感じます。 加藤さん: 自分の好きなもの、少し気持ちが華やぐものを着ておしゃれをすると背筋が伸びて、思わず出かけたくなります。身につけることで幸せな気持ちになるときは、その洋服やアクセサリーなどからパワーをもらえていると思います。娘も好きなおしゃれをして出かけるとき、とても生き生きとして輝いていました。その一瞬一瞬を楽しんでいたと思います。 – これからのブランドの夢や目標を教えて下さい。 加藤さん: 人生で、もし何か予期せぬことが起きても、どんな時も自分を大切にして、日々の暮らしを心地よく気持ちの良いものを選んで、その人らしく過ごしてほしい。そのひとつにN HEAD WEARやCanaeを選んでもらえる存在になれたら嬉しいです。 そして、そっと寄り添えるようなブランドであり続けたいと思います。娘が亡くなって3年が経ちます。「がん」だけでなく、困難と言われる病気の治療法がもっと増えていってほしいと願っています。その増えた数だけ、本人だけでなく周りの人にとっても大きな希望になると思います。 ■■プロフィール|ナオカケル株式会社 代表取締役 加藤 ゆう子 大手アパレル企業にて、専門販売員として20年間勤務。スタイリング、スタッフ教育に携わる。ナオカケルでは2019年のCanae(カナエ)のブランド立ち上げから参画。 HP: ナオカケル Instagram: @naokakeru インタビュー・文/桑子麻衣子
桑子麻衣子