パリ五輪の代表争いは大激戦? 男子110メートル障害、金井大旺さんに聞く
「世界から一番遠い」と低く見られていたのは過去の話。陸上男子110メートル障害は、昨年の世界選手権で泉谷駿介(住友電工)が5位に入賞。日本選手が世界大会の決勝で戦える種目になった。他の日本勢の進境も著しく、パリ五輪の代表争いはハイレベルな大激戦が予想される。泉谷が一足早く五輪代表に決まり、残り2枠は6月末の日本選手権で争う。元日本記録保持者で東京五輪代表の金井大旺さん(28)に、各選手の特長や勝敗を分けるポイントを聞いた。(時事通信運動部 前田祐貴) 【写真】陸上織田記念男子110メートル障害決勝で力走する村竹ラシッド ◆「新時代」の始まり 海外勢に比べて小柄な日本選手には不利と考えられてきた男子110メートル障害。「新時代」が始まったのは2018年だ。金井さんが13秒36をマークし、谷川聡さんが持っていた日本記録(13秒39)を14年ぶりに塗り替えた。19年6月に高山峻野(ゼンリン)と泉谷が同じタイムを出すと、高山が同7月に13秒30、同8月には13秒25と日本記録を2度更新した。 延期された東京五輪を控えた21年4月、金井さんが13秒16をマークして再び日本記録保持者に。その2カ月後に泉谷が13秒06と一気に縮めた。泉谷は23年6月に13秒04をたたき出し、同年9月には村竹ラシッド(JAL)も同タイムをマークして日本記録保持者となった。 「13秒2、3(台)は日本人では厳しいというイメージはあったが、この人がいけたら自分もいけるだろうという気持ちがみんなあり、どんどん記録が伸びていった。3人以上レベルが高い選手がいたのが一番大きいと思う。(身体能力の高い外国選手にも)踏み切りの角度や、着地の技術で勝てる」 ◆優勝候補は村竹か 五輪本番を見据え、泉谷は日本選手権を欠場。五輪参加標準記録(13秒27)を突破している村竹と野本周成(愛媛県競技力向上対策本部)、日本選手権で同記録をクリアした選手は優勝した時点で代表に決まり、2位でも代表入りが確実となる。世界ランキングでの出場を狙う場合も2位以内が必須と考えていいだろう。 優勝候補の筆頭に挙げられるのは、今春に順大を卒業した村竹だ。昨季は序盤に故障で離脱したが、復帰後の9月に日本タイ記録をマーク。今季は織田記念とセイコー・ゴールデングランプリ東京を13秒2台で制している。東京五輪代表を争った21年日本選手権では、不正スタートで失格となった苦い経験もしている。 「しっかり仕上がっているし、パワーも強くなっている。明らかにベースアップできているので、はまったら12秒(台)も時間の問題だと思う。接地時間は若干長く、(ハードル間の)インターバルで異常に(足を速く)さばける。前に踏み切っていてお尻をぶつけるリスクが高かったが、今年は当てないで走れている。自分の走りができれば、(五輪でも)決勝に行けると思う」 ◆高山は「どれぐらい仕上げてくるか」 高山は東京五輪と世界選手権3大会に出場した29歳のベテラン。22年には当時日本歴代2位(現3位)の13秒10をマークした。五輪参加標準記録は突破しておらず、今季の自己最高記録は13秒49にとどまる。 「長年やっているので、一本の勝負どころで外さない能力が一番ある。しっかりと日本選手権に合わせてくると思う。ウエートトレーニングでも一番の重量を上げられるのではないか。それぐらいパワーがあるので、ハードルにぶつけても全く動じないような選手。前半のタイムは例年通り出せていると思うので、後半までしっかりと走れるようになれば。日本選手権でどれぐらい仕上げてくるか楽しみ」 野本は昨年7月に13秒20を出し、五輪参加標準記録をクリアした。 「結構スピードがあるタイプで、パワーもある。しっかりと前に踏み切れるようになったのが、タイム短縮の要因。インターバルはすごい速度でさばけて、タイムだけで言ったら日本で一番速いかもしれない。踏み切ってから着地までが長いので、そこをもうちょっと短縮できれば」 ◆2種目で五輪狙う豊田 「ハードル二刀流」の豊田兼(慶大)が面白い存在。400メートル障害で五輪参加標準記録を突破しており、110メートル障害では世界ユニバーシティー夏季大会を制した。2種目での五輪代表入りを狙っている。 「去年13秒29を出しているので、可能性はあると思う。身長が190センチ以上(195センチ)あるので、踏み切ったらハードルを越えている。その点では一番失敗しにくいハードリング。長い距離を走ったら、普通はあんなに刻めない。超人ですね。ああいう(長身の)選手は基本的にさばけないが、彼は回せる」 金井さんには他にも注目している選手がいる。 「国際武道大を出て社会人1年目の町亮汰選手(サトウ食品新潟アルビレックス)がかなり進化している。勢いがあるので、もしかしたらという感じ。後半グイグイ上がる選手で、注目している」 「順大3年の阿部(竜希)くんにも結構注目している。ハードリングはまだ荒削りだが、インターバルが異常に刻める。スプリント能力があって、さばけるので、ハードリングさえ日本選手権で改善できていたら、13秒2とかは一気にいきそうな選手」 ◆独特の緊張感 金井さんは21年の日本選手権で泉谷に次ぐ2位に入り、東京五輪代表入りを決めた。だが、今では「経験したくない」と苦笑いを浮かべる。一発勝負の日本選手権には、そう思わせる張り詰めた空気が漂っているという。 「日本選手権はすごい緊張感がある。普段は決勝前でもゆるっとしゃべったりする環境だが、みんな全くしゃべらなくなる。その雰囲気をどう力に変えるかがポイント。ちょっとミスしただけでも(五輪に)出られないという状況。ミスが後半ならまだ修正できるが、1台目、2台目だと致命的。接触が一番怖い。隣の選手の手がよく当たるので、当たる角度によってはバランスが崩れてしまう。それも不安だった」 運命を決める日本選手権の男子110メートル障害は、29日に予選と準決勝、30日に決勝が行われる。金井さんが「本当に誰が出るか分からない。いろんな選手がい過ぎて楽しみ」と見守る五輪代表争いが決着する。 金井 大旺(かない・たいおう)函館ラ・サール高、法大出。18年に13秒36、21年には13秒16と当時の日本新記録を2度マークした。19年世界選手権代表。21年東京五輪は準決勝で敗退し、同年に現役を引退。歯科医師を目指して22年に日本歯科大に編入し、現在4年生。学業と並行して現役時代に所属していたミズノでブランドアンバサダーを務め、主宰する陸上スクール「Blue Shoes」で子供たちに陸上競技の楽しさを伝えている。北海道函館市の実家は歯科医院を開業。28歳。