ニュージーランドが日本産カメムシ上陸にNo 日本から旅立った外来生物たち
外来生物輸出国の責任
ところで、冒頭にニュージーランドが日本産カメムシの持ち込みリスクを理由として、日本からの貨物(自動車)の水揚げを拒否した、とのニュースを紹介しました。現在、日本では、中国から運ばれるコンテナからヒアリが発見される事例が立て続いていますが、中国の貨物に対しては特段の規制措置はとられていません。ニュージーランドのカメムシ輸入拒否と同じ理屈で、日本もヒアリが見つかったとして中国から移送されたコンテナの水揚げを拒否して、中国側に対策の徹底を要求しても良さそうなものです。 実際に我々、国立環境研究所の研究チームも環境省、外務省(大使館)とともにヒアリが集中的に分布している中国・広州に赴き、中国側の政府および研究者と交渉する場を設けて、コンテナのヒアリ防除対策の検討を依頼したことがありましたが、中国側は、中国港湾の管理は徹底していると主張して、中国からのコンテナによって日本にヒアリが持ち込まれているという事実自体を認めてくれず、港湾施設内への視察の許可はおろか、対策の合意を得ることもできませんでした。 なぜ日本は、カメムシで自動車の輸出が拒否され、ヒアリでコンテナの水揚げを拒否することができないのでしょうか。そこにはまず法的規制の違いがあります。ニュージランドには世界一厳しいとも言われる検疫法Biosecurity Actが存在し、国内の農作物や家畜に被害をもたらす恐れがある生物およびその生産物の輸入は一切禁止されており、輸出当該国に対して拒否権を発動することもできます。今回のクサギカメムシについても農作物に被害をもたらす外来昆虫として、彼らは自国の法律に基づき、断固輸入拒否を突きつけてきたのです。 日本でも、農林水産省の植物防疫法に基づき、輸入農産物・植物類に対して検疫が行われており、農林病害虫が検出された場合は、輸入産物の水揚げ拒否・廃棄命令が出されます。一方、植物防疫法の対象外となる外来生物を管理する環境省の外来生物法には、ヒアリのような特定外来生物が輸入貨物から発見されたとしても、輸出相手国に対して厳しい措置を求める条文は含まれていません。あくまでも国内において水際対策をとる以外に法的な根拠はないのです。 また、農林業に悪影響をもたらす農林病害虫については、第一次産業という経済基盤に直接悪影響をもたらす要因という国家間の共通認識に基づき、国際的なリスク管理・対策を目指した国際植物防疫条約IPPC : International Plant Protection Conventionという国際的な枠組みが存在します。IPPCでは病害虫のリスク分析に関する方法や病害虫を消毒する方法の国際基準を策定するなど加盟国間で植物検疫措置の調和が図られており、このIPPCのガイダンスに基づき、加盟各国は国内法を強化・整備をすることが可能となっています。 一方、農林病害虫以外の外来生物の対策については、法的拘束力をもつ国際条約は存在せず、各国が独自の国内法で対応するしかない状況にあります。国際基準が定まっていない現状では、ヒアリの侵入対策のために日本が輸出国に対して、輸入を拒否したり、対策を要求したりする法的根拠は現状もたないのです。 それ以前に、今の日本では、外来生物を理由に輸入資材の流通をストップさせるようなことをすれば経済に大打撃を与えることになってしまいます。日本は経済大国として、貿易収支によって財政が大きく支えられています。2017年の貿易収支は輸出額が78兆2864億円、輸入額が75兆3792億円にものぼります。これだけ巨額な経済の流れの中で、外来生物対策は、自由貿易に逆行し、場合によっては貿易摩擦の火種にもなりかねない案件となります。 保全生態学や生物多様性に関わる研究者やNPOのなかから、日本を含め各国は外来生物の輸出に対しても責任を持つべきであり、対策が必要、という声もあがりますが、いずれの国も自国への外来生物の「侵入」に対しては敏感でも、相手国への外来生物の「輸出」に対しては鈍感であり、ある意味無責任とも思えるこの感覚は、国際経済の競争という観点からは当然の(しかし近視眼的な)原理と言っていいでしょう。もちろんこの原理には持続的観点が欠けており、最終的にはいずれの国も外来種対策に悩まされ続けることになってしまいます。 今後、国際貿易の健全な発展を維持するとともに各国の生物多様性を保全するためにも、例えば「国際外来生物防止条約」といった、外来生物の管理にかかる国際協調の具体的な枠組みづくりを急ぐとともに、国内においても持続的社会の実現という大きな目標に向けて外来生物管理の意義を科学的に検証し、国民的コンセンサスに結びつけていくことが重要と考えられます。 (解説:五箇公一 国立研究開発法人 国立環境研究所 生態リスク評価・対策研究室室長)