観客の拍手という「魔物」…実刑まで秒読みの「伝説のストリッパー」が「陰部露出」をやめなかった意外な理由
「見せしめ」の逮捕
一条は一瞬驚いたような表情を見せると、慌てて舞台を降りた。すでに捜査員が待っていた。彼女はかみついた。 「なんであと3日だけやらせてくれへんの」 引退公演で一条は、「あゆみの箱」と名付けた募金箱を客席に回している。最終日の舞台終了後、この箱を開けて、「これだけ集まりました」と観客に報告しようと思っていた。それができなくなり、一条は残念で仕方なかった。6日目までに集まったのは17万円。恵まれない子のために使ってほしいと彼女は後日、大阪府民生総務課に寄付している。 彼女とともに他の踊り子10人、劇場支配人、そして客も逮捕された。全員、公然わいせつの現行犯だった。 警察の狙いは一条である。ただ、陰部を見せたのは彼女だけではないため、他の踊り子も逮捕された。もっと気の毒なのは逮捕された客である。運が悪いとしか言いようがない。 当時の新聞を読むと、一条のテレビ出演が府警を逮捕に踏み切らせたのは明らかだ。逮捕直後、大阪府警はこう説明した。 「ストリッパーがテレビでいかがわしい踊りを見せるなど、もってのほか。テレビ局に反省を求める意味で、逮捕に踏み切った。今後もテレビ番組がピンク路線を突っ走る場合は、刑法175条(わいせつ文書の頒布)を適用して取り締まる」 「11PM」を担当した読売テレビ制作第一課長の大西信義は朝日新聞に対し、こうコメントしている。 「府警のねらいが、間接的にもせよテレビ番組を規制しようとするものであれば、問題だ。正面切って『表現の自由』をいうわけではないが、わいせつの基準を警察が統制していく動きは、日活のポルノ映画事件にもよく現れている。テレビ制作をチェックしてくるなら、対処法を考えたい」
拍手という「魔物」に狂わされて
この日、ジュリアン・ジュリーは近くの劇場に出演していた。一条逮捕の知らせは、すぐに彼女のところにも届いた。慌てた劇場は踊り子たちに、「閉じろ、閉じろ」と命じた。劇場を閉めろという意味ではない。股を閉めろと命じているのだ。 ただ、このころになると、大阪の劇場では全部見せるのが当たり前になっていた。そのため、女性たちは「見せる」のを前提に踊りを組み立てている。かつての「ちらり」時代を知っているベテランはともかく、「特出し」時代しか知らない若手は、隠しながらでは踊れない。客を怒らせないよう、パンティは脱ぐ。その上で陰部は見せないように踊るには、それなりのテクニックが必要なのだ。 一条逮捕を聞いたとき、ジュリアンは思った。 「姉さんは、観客の拍手という魔物に勝てなかったんだな」 逮捕の危険は迫っていた。一条自身、それは十分わかっていた。次は実刑になる可能性も認識していた。それでも、舞台に立つと見せずにはいられない。 静まり返った客席が固唾を吞んで自分の身体を凝視する。自分が腰を動かすたびに、客は中腰になり、そこだけ波打つ。そして、最後は万雷の拍手である。スターはその魔物に酔い、結果的にリスク判断を誤った。 『「アソコを見せて何が悪い」公然わいせつで逮捕された「伝説の踊り子」がした衝撃の「言い訳」とは』へ続く
小倉 孝保(ノンフィクション作家)