【追悼】石橋貴明から世界的歌手まで…華麗なる人脈の“新宿の伝説占いママ”が急逝していた
’70年代から東京・新宿でバー『ワッケーロ』を経営し、多くの芸能人とも交流があった占い師のガルシアさん(本名・篠原明子さん)が、10月下旬に急逝していたことが分かった。享年72。死因は慢性虚血性心疾患だった。 【写真あり】占い師・ガルシアさんの肩を抱く若い頃の石橋貴明 「ガルシアさんはお店にいたときに突然発作に見舞われたようで、そのまま息を引き取ったそうです。そのときにはお客さんはおらず、数日後不審に思った知人たちが店にかけつけたときはすでに親族の手によって荼毘に付されていました」(ガルシアさんの知人) ガルシアさんは、20歳の時に新宿二丁目(当時)に占いバー『ワッケーロ』をスタート。タロットなどを駆使して当たると評判の占いと、明るい人柄で新宿では“名物”占い師として評判に。当時は本名をもじった「あこママ」と呼ばれており、‘70~80年代から大物タレントたちがガルシアさんのお店に遊びに行っていたという。 「まだ『笑っていいとも』の司会に抜擢される前でイグアナ芸をしていたころのタモリさんや、ビートたけしさん、志村けんさんも遊びに来ていました。他にもキャロルでデビューしたばかりの矢沢永吉さんとも交流を持つなど、幅広い芸能人たちがひいきにしていました」(ガルシアさんを知る芸能プロダクション関係者) ■「とんねるず」の名づけ親という説も 特に有名だったのが、とんねるずの石橋貴明(63)との交流だった。実際ガルシアさんが生前つづっていたブログには、とんねるずの“名づけ親”だった、とも記載されている。 「ブログによれば、石橋さんはバブルガム・ブラザーズ結成前でお笑いタレントだったブラザー・コーンさんに連れられて店にやってきたそうで、まだ『お笑いスター誕生』(日本テレビ系)で10週勝ち抜く前だったとか。当時は木梨(憲武)さんとのコンビ名を『貴明&憲武』と名乗っていたころで、ガルシアさんに“コンビ名”をつけてくださいと懇願したといいます。 石橋さんが候補名をいくつか提示すると、そのなかに『トンネルズ』があったそうで、“ひらがなが、いいんじゃない”とガルシアさんがアドバイスしたそうです」(前出・知人) のちに番組『とんねるずのみなさんのおかげです』(フジテレビ系)の名物コーナー『新・食わず嫌い王決定戦』のなかで、石橋が「俺は若いころ、毎晩ワッケーロで飲んでたよ」と話している。 「ガルシアさんは新宿二丁目から三丁目に移転するときにお別れパーティを行っており、そのときの司会を務めたのが石橋さんでした。まだお金がなかったころの石橋さんを弟のようにかわいがっており、よく自宅で寝泊まりさせていたそうです」(前出・知人)