その患者さんにとって競馬が脳機能リハビリに有効なのはなぜか【正解のリハビリ、最善の介護】
【正解のリハビリ、最善の介護】#54 「先生、今週もとりましたよ。新馬戦は難しいけど、古馬は予想しやすいです。毎週の予想がホントに楽しいです。しかし、先生の予想もよく当たりますね」 フレイル予防の最新研究…キッチンで過ごす時間が高齢者の健康を守る? 毎朝の全員回診の時、患者さんからうれしそうな声であいさつされました。 この患者さんは54歳になる独身の男性です。右脳出血後に重症左片麻痺と高次脳機能障害(劣位半球症候群)を生じました。著名な回復期リハビリ病院で6カ月間治療を受けましたが、車椅子介助の状態のため、自宅退院ができませんでした。 そこで、自宅退院を目指すなら、超強化型老健「ライフサポートねりま」でのリハビリ治療が好評だとご紹介いただき、入所されたのです。それから、当老健で約6カ月間の入所リハビリを行い、杖歩行とADL(日常生活動作)が自立となり、劣位半球症候群も軽快されて、独居自宅退所が可能となりました。 高次脳機能障害は重度の状態が長期間続くと、脳血管性認知症へ移行します。このため、認知機能を向上する訓練を年単位で継続することが必要です。認知機能低下を予防するためには、筋肉と体力を維持する運動(脳筋連関)を継続すること、新鮮なコミュニケーションを保つこと、そして、その人なりに生活を楽しむことの3つが重要になります。今回は「楽しむ」についてお話しします。 ■「楽しむ」ことの重要性 この患者さんの楽しみは「競馬」でした。なぜ楽しいのかを患者さんに聞いてみました。すると、こんな答えが返ってきました。 「だって、お正月以外は毎週末に楽しめるじゃないですか。麻痺があっても、屋外訓練でコンビニに行って、競馬新聞や競馬週刊誌を買うことが楽しいんですよ。毎週、予想しています。時々、当たるとうれしいです。それにしても、先生はなんで毎回当たるんですか?」 これほど趣味で毎日楽しめて、さらに、屋外歩行や買い物をする目的があると、毎日少しずつ運動機能訓練もできますし、他の人と会話することで、感情も精神も高次脳機能も改善します。 さらに、どうやって競馬を予想するのかを聞いてみました。 「調子のいい馬です。そして、結果にロマンがある予想をします。でも、騎手の力量や馬の血統も考えますよ。距離に応じて強い血統があるんですよ。そして、季節によって強い血統もあるんです。夏競馬に強い馬は基本的には弱い馬なんで、重賞は勝てません。だから、夏だけ狙うんです」 この患者さんの予想法には注意力や集中力が必要ですし、記憶力も要りそうです。 「先生、日本の馬は世界一なんです。世界の国際レースでも優勝するんですよ。そりゃあ、応援しますよ。ウシュバテソーロを知ってますか? 知らないでしょ。ドバイワールドカップっていう世界最高賞金額のレースで勝ったんです。賞金10億円ですよ。すごいじゃないですか。もう22億円も稼いでいて、日本競馬の最高獲得賞金額なんです。ウシュバテソーロの子供たちも楽しみです」 すごい記憶力だなと感心しました。そして、血統から次の世代に期待して、継続して楽しむこともできます。あらためて、楽しめる趣味を持っている人は本当に幸せに暮らせるなと思いました。 「先生、JRA(日本中央競馬会)は日本に10の競馬場があるんですよ。地方競馬場は15もあるんです。日本中にあるんですよ。だから、ほぼ毎日レースをやってるんです。地方競馬は大きなレースしか予想はしませんけどね。退院したら、全競馬場を旅行します。だから、もっと歩けるようになりたいんです」 やはり、目的のあるリハビリ訓練は効果が上がります。遂行機能訓練にも役立ちます。脳出血後の時間経過の影響はありますが、半年間の回復期リハビリ病院訓練で歩行ができなかった患者さんが、慢性期老人施設のリハビリで歩行ができるようになる現実があるのです。 趣味を実現するために歩きたい気持ちに寄り添い、応援して、実現していただく。楽しいと感じれば患者さんは気持ちよくがんばり、応援する私たちにも幸せが伝わってきて、相互満足が実現できます。 ただ心配なのは、競馬は予想だけでなく、公営ギャンブルだということです。賭けごとが好きな方にはとても楽しいかもしれません。馬券の買い方もいろいろ楽しめるそうです。しかし、高次脳機能障害があり、抑制困難があると、お金を上手に使う対策が必要です。 負けた場合は早くやめること、1日に使うお金の限度額を決めておくことが大切です。特に金銭管理にはご家族の目も欠かせません。 楽しむことはどんな趣味でも構いませんが、健全に継続することがいちばん重要です。 (酒向正春/ねりま健育会病院院長)