【インタビュー】“人間”を描いてきた名匠バリー・ジェンキンス、リン=マニュエル・ミランダと新たな“ライオン”の世界に向き合う
バリー・ジェンキンスが『ライオン・キング:ムファサ』を監督する。そう聞いて、驚きを隠せなかった人は多いはずだ。 【写真】バリー・ジェンキンス&リン=マニュエル・ミランダ 『ムーンライト』や『ビール・ストリートの恋人たち』で“人間”を描いてきた名匠は、ライオンの世界にどう向き合うのか。その傍らには、『モアナと伝説の海』『ミラベルと魔法の家』と、今やディズニーとの縁も長くなってきたリン=マニュエル・ミランダがいる。 映画ファンを魅了する監督と、現代ミュージカル界を担う天才音楽家。『ライオン・キング:ムファサ』のキーパーソン2人に話を聞いた。 遺産を受け継ぎ生まれた物語と音楽 ――この映画を共に手掛ける前、お互いに対してどのような印象を持っていましたか? ミランダ:僕は『ムーンライト』の大ファンなんです。『ムーンライト』がアカデミー賞の作品賞を受賞した年に僕は『モアナと伝説の海』でノミネートされていて、授賞式の会場にいました。あのクレイジーな夜の客席にいたんです。なので、バリーが僕の参加を望んでいると聞いたときは感激しましたね。 ジェンキンス:僕だって、リンの作品の大ファンです! だから、実は過去に一度、リンと仕事をしようとしたことがありました。 ミランダ:そのとき、「イエス」と言えなかったことを僕は今も後悔しています(笑)。 ジェンキンス:ある事情があってね。残念ながら、実現しなかったんです。なので、リンがこの作品に参加することになり、本当にうれしかった。僕はリンのインタビューすべてに目を通していましたし、何事にも真摯で情熱的な彼の姿勢が大好きです。そういった人を作品のために見つけるのは、なかなか難しいものですしね。 ――『ライオン・キング:ムファサ』は『ライオン・キング』の遺産を受け継ぐ映画であると同時に、新しい物語でもあります。作り手としては、自由と制限のどちらを感じましたか? ジェンキンス:間違いなく、自由です。第一に、僕たちはイメージを作り直す必要がありました。前作に敬意を払いながら、そのスピリットやエネルギーを自分の中で再構築するよう求められたんです。スタジオは僕に、「『ライオン・キング』に君自身の声を持ち込んでほしい」と言ってきましたから。 ミランダ:僕にとって、『ライオン・キング』の音楽は不滅。一口に「『ライオン・キング』の音楽」と言ってもいろいろありますが、僕は特に、世界中で上演されているブロードウェイ・ミュージカルの『ライオン・キング』のことを思い浮かべます。ブロードウェイで最も長く上演されている作品の1つですしね。舞台版は『ライオン・キング』のサウンドの可能性を広げました。だからこそ僕は今回、創造の余地というものを感じたんです。 ムファサとタカの関係 「シンプルで、複雑」 ――おふたりともジェフ・ナサンソンの脚本に魅了されたそうですが、本編で描かれるムファサとタカの“兄弟関係”はシンプルであり、複雑でもありますね。 ジェンキンス:シンプルで、複雑。それが一番いい表現だと思います。僕たちは4歳の子供から104歳の大人にまで見てもらえる映画を目指しました。4歳向けのシンプルなものも、104歳向けのかなり複雑なものも込めたんです。104歳は大袈裟ですけどね(笑)。でも、それこそが『ライオン・キング』のクオリティであり、魅力ですから。 ミランダ:そして、そのシンプルさと複雑さを担っているのが、おっしゃる通りムファサとタカの関係。僕は6歳と10歳の男の子2人の父親ですが、彼らは常にお互いをイライラさせています。と同時に、お互いのためなら何でもします。本当に、その2つが一緒に成り立つんですよね(笑)。だからこそ、シンプルで複雑だし、自分の作品では触れてこなかった新鮮な題材だと感じました。 ――どの曲を作るのが一番難しかったですか? ミランダ:(両親がムファサに歌う)「遥かなミレーレ」ですね! バリーが気に入ってくれて幸いです。まだ見ぬ安息の地・ミレーレを表現した曲ですが、パラダイスを表現するのは難しいし、パラダイスを音楽化するのはもっと難しい(笑)。だから、僕は教会の音楽やスピリチュアルな曲をたくさん聴きました。パラダイスについて書く心境になれるようにね。 ジェンキンス:そして、僕のお気に入りが生まれたわけです(笑)。「遥かなミレーレ」はとてもパワフルで、『ライオン・キング』が何を表しているのかを深く示す楽曲。リンは本当に素晴らしい仕事をしました。この曲はムファサを駆り立てるエネルギーにもなりますから。 ――ミュージカルシーンの演出はいかがでしたか? ジェンキンス:映像作家として、僕が好きなディズニー映画の1つは『ファンタジア』なんです。僕たちは『ライオン・キング:ムファサ』を現実に根ざしたものにしなくてはいけませんでしたが、『ファンタジア』もそうであるように、時に音楽は深遠で魔法のような世界にいざなうための窓とも道とも言える役割を果たします。 実際、「遥かなミレーレ」のシーンでは(両親役の)アニカ・ノニ・ローズとキース・デイヴィッドの歌と演技のおかげで、大地が文字通り色を変えるシーンを描くことができました。タンポポが蝶になるような、圧巻のシーンをね。リン、アニカ、キースが作り上げた歌の世界を視覚的に表現するのは、とてもクールなこと。しかも、そこに彼らの子供であるムファサの視点が加わるのが素晴らしいんです。 ミランダ:ちなみに、僕のお気に入りは「バイバイ」です。僕はバリーに、悪役の曲を売り込みました。『ミラベルと魔法だらけの家』の“悪役”は世代間のトラウマでしたから(笑)、今回は素晴らしい悪役の曲を書きたかったんです。(キロス役の)マッツ・ミケルセンは印象的な悪役をたくさん演じてきましたし、彼の声のために何か書きたかった。その機会をもらえてうれしかったですね。 2人の“人生の1本”は? ――『ライオン・キング』が“人生の1本”だと感じている人は多いですし、『ライオン・キング:ムファサ』もそうなり得る作品です。おふたりにとっての“人生の1本”は? ミランダ:僕は黒澤明の『七人の侍』が大好きです。10歳の息子にも半分まで見せました。長い映画なので、半分までですけど(笑)。 息子は映画が大好きで、映画の道に進みたいと思っているんです。なので、映画を見てたくさんの質問をしてきました。10歳の彼が白黒の日本映画を観て、字幕を読んでいることすら驚きなのに。 彼は完全に、『七人の侍』に夢中です。僕にとっては、それこそが偉大な芸術作品の証。完璧なテンポのストーリー展開も素晴らしいです。今までに作られた最高の映画の1本ですね。 ジェンキンス:その時々でお気に入りは変わりますし、とてもじゃないけど1本には絞れませんが、今はたぶんウォン・カーウァイの『恋する惑星』。 僕はしばしば、自分の作品の中に“感情”を求めるんです。フィルムで撮ったものか、デジタルで撮ったものか、バーチャル・プロダクションによるものかに関係なく、僕は音と映像で感情を捉えたいと思っている。 そして、ウォン・カーウァイは非常にシンプルなその映画の中で、可能な限り最も刺激的な感情を捉えました。それは、僕が楽しい協力者たちと一緒に、『ライオン・キング:ムファサ』で捉えようとしたものと同じなんです。
シネマカフェ 渡邉ひかる