危篤になった夫ピート・ハミル 「透析を止め、平和に逝かせては」医師の薦めに、わたしは──
「すべて危険に晒されている」状態
「ドクター・ドイルがどう伝えたかわかりませんが、昨日、無数の小さなストロークが見つかったので、ピートは分別のつく状態で目を覚ますことはないのです」 シルバースタイン医師はこういってきた。 わたしは聞き返した。 「ストロークのせいですか?」 「たくさんのストロークのせいです。でも、すべてが問題なのです」 「ああ、本当ですか?」 わたしはあやふやな返事をした。 「ストロークが複雑骨折から来たのか、あるいは腎臓医がいうようにコレステロールが腎臓に来て、頭脳にダメージを与えたということも考えられるのですが、いったい何が起こったのかわからないのです……」 「そうですか」 「でもはっきりしていることは、現時点で彼の腎臓も、頭脳も、歩行能力も、すべて危険に晒されているのです」 シルバースタイン医師がいいたかったのは、次の問いかけだった。 「あなたはどうしようと思いますか? もちろんご家族と相談しているのでしょうが」 「ええ……」 「私は彼がこれ以上良くなるとは思わないのです。あなたが彼を自宅へ連れて帰りたいと思っているのは知っていますが、自宅でのサポートは大変になります。そのための手術も必要になり、それをやってまで自宅へ帰す価値はないと思うのです。それより、家族に囲まれながら、心地良い状態で最期を迎えるのがいちばんなのです。私が薦めるのは、明日か次の日、人工透析を止め、彼を心地良い状態で平和に逝かせるということです。この病院で」 「つまり、人工透析を止めると彼は逝ってしまうのですね」
「せめて月曜日まで待ってください」
医師の答えは明確だった。 「人工透析を止めるとおそらく、1週間くらいでしょう。酸素チューブを外すと、とても心地よい状態で数時間……3時間くらいで逝きます。お気の毒ですが」 その上で、駄目を押すようにいった。 「彼は明らかに昏睡状態にあり、哀しいことに覚醒することはなく、ひどい痛みに襲われているのです。あなたがどうするか決めて私に教えてください。今現在、彼は苦しんでいるのです。牧師を呼びましょうか?」 「結構です。必要ありません」 はっきり断った。少しでも早く苦しみから解放して平穏にあの世へ送るのが良いと医師は何度も薦めてくるが、わたしは簡単にそんな手に乗るつもりはなかった。とにかく、時間を稼ぐ必要がある。 「せめて月曜日まで待ってください」 今日は水曜日。木、金、土と日曜を入れて、あと4日間はある。 医師はわかりましたといって病室を出ていった。生還して分別のつく状態にはならないというのは具体的にどういうことを意味するのだろうか。植物状態になるかもしれないということなのか。そんな状態になるのだったら、平穏に見送ったほうが彼のためにはかえって良いのだろうか。 急性腎障害で入院した後、心拍停止、腰の複雑骨折が見つかり、さらに無数のストロークが見つかった。すべて63歳の時に発症した糖尿病から始まったことは間違いなかった。まるで教科書に書かれたように、糖尿病患者の合併症が立て続けに起こってしまったのだ。