ボコ・ハラムと「イスラム国」の共通性は ナイジェリアでも進む「建国」 国際政治学者・六辻彰二
2014年4月に200人以上の女子生徒を誘拐し、日本でも注目を集めたナイジェリアのイスラム過激派ボコ・ハラム。ボコ・ハラムは8月、イスラム国家の樹立を宣言しました。イラク、シリアの「イスラム国」(IS)だけでなく、アフリカ最大の産油国ナイジェリアでもイスラム過激派による「建国」が進む状況について考えます。
女子生徒誘拐事件後のボコ・ハラム
その名を一躍世界に広めた女子生徒誘拐事件以降も、ボコ・ハラムはテロ活動を拡大させており、7月末には北東部ダンボアでの戦闘を避けて、住民1万5000人が避難。ナイジェリア国内だけでなく、やはり7月末には隣国カメルーンで、副首相夫人や宗教指導者らが誘拐されています。 襲撃や誘拐と連動して、非人道的な報告も相次いでいます。7月30日に同国第二の都市カノの大学で発生した爆破テロ事件では、女性に爆弾が装着されていました。警戒されにくい女性や少女を利用した爆破テロは最近増えていますが、彼女らがボコ・ハラム支持者なのか、それとも誘拐の犠牲者なのかは定かでありません。また、誘拐された少女がボコ・ハラム戦闘員と強制的に結婚させられたり、戦闘に参加させられたりしているという報告もあります。 その一方で、7月13日にシュカウ容疑者はISへの支持を表明。そのうえで8月24日には、北東部のグウォザがカリフ(預言者ムハンマドの後継者)によって統治されるイスラム国家の支配下に置かれたと宣言。11月9日には、「国家」の様子とみられる映像も、インターネット上で公開されました。
「イスラム国」との共通性と違い
中東やアフリカの大部分の国境線は、19世紀のヨーロッパ列強による植民地争奪の遺産です。ボコ・ハラムとISは既存の国境線を否定し、イスラムのスンニ派を中心とするカリフ制国家の樹立を宣言した点で共通します。さらに、スンニ派以外の宗派は基本的に認められず、従わない場合には殺害さえされることや支配地域の女性を戦利品として扱う非人道性、さらにその活動をインターネットなどで外部に宣伝していることも、ほぼ同じです。 その一方で、両者には違いもあります。なかでも最大の違いは、アル・カイダとの関係です。アブバクル・バグダディ容疑者率いるISは、もともとアル・カイダの一派でしたが、イスラム国家の樹立より「グローバル・ジハード(聖戦)」を優先する指導者アイマン・ザワヒリとの路線の違いから、これと決別した経緯があります。これに対してボコ・ハラムは、2002年の設立段階では国際テロ組織とほとんど関係ありませんでしたが、ナイジェリア政府との衝突を繰り返すなか、2012年頃からアルジェリアを根拠地とする「イスラム・マグレブのアル・カイダ」などのアル・カイダ系組織から軍事援助を受け始めました。 ボコ・ハラムの資金源は誘拐の身代金、人身売買を含む密輸、ナイジェリアの一部の政治家からの「献金」がほとんどで、イラクやシリアの油田地帯を確保しているISほど、財政的に豊かでないとみられます。そのため、少なくとも現段階において、アル・カイダ本流との友好関係は、ボコ・ハラムにとって生命線です。シュカウ容疑者はISへの支持を表明しましたが、ISに従うとは述べていません。むしろ、ボコ・ハラムはISとアル・カイダ本流を天秤にかけているといえるでしょう。