未成熟の小さなクジラまで…「捕鯨一筋」の男が明かした調査捕鯨の「虚しさ」とは?
● 調査のために未成熟のクジラも 撃たねばならない虚しさ 調査捕鯨になって1頭目のクジラを撃った砲手に話を聞いた経験がある。長崎県の西に広がる海に浮かぶ五島列島のひとつ、宇久島に暮らす松坂潔だ。彼の回顧は、商業と調査の違いに戸惑う船員たちの心情を端的に示している。 五島列島は江戸時代に捕鯨が根付いた地域である。最北部に位置する宇久島は周囲約38キロ、人口約1700人の小さな島である。 島唯一の玄関口である宇久平港には捕鯨砲が展示されている。商業捕鯨の最盛期には、小さな島から150人もの男たちが南極海を目指した。 ジーンズとダンガリーシャツというカジュアルな出で立ちの松坂が、港で迎えてくれた。 「私がはじめて捕鯨船に乗ったのは、昭和39年(1964年)。東京オリンピックの年でした。宇久出身の船員は、80人以上はいたんじゃないかな。どの船に乗っても島の人がいた。親心なのか、よう言われたモンですよ。宇久の者ならいい加減な仕事はするな、と」 中学卒業後、松坂は福岡県北九州市にあった日本水産の船員養成所に入る。以来、捕鯨一筋。 2007年の退職時は、キャッチャーボートのキャプテンだった。 「商業捕鯨時代、私たちは、食料増産のために働いてきた。だからできるだけ生産性の高い大きなクジラを狙って捕ってきました」
「でも、調査捕鯨になってからは、生態を調べるため、まだ未成熟のクジラも捕獲しなければならなかった。ミンククジラは、成熟すると9メートルくらいになるんですが、5メートルほどの小さなクジラを撃った経験があります。捕獲したあと、虚しさを感じました。なかなか割り切れないものでした」 ● クジラの年齢、性別、妊娠率などの データも求められる調査捕鯨 松坂が言うように、昭和の商業捕鯨の目的は食料増産だ。大きなクジラを効率的に捕獲するために、季節や海水温、天候などを考慮し、クジラの群れがたくさんいそうな海域で操業する。 片や調査捕鯨では資源量を把握するために、クジラの年齢や性別、妊娠率などのデータが必要になる。最初に発見したクジラが調査対象の種なら、必ず捕らなければならない決まりだった。商業捕鯨のように成熟したクジラだけを狙うとデータに偏りが出てしまうからだ。 また、調査捕鯨では、無作為に調査コースが決められた。調査海域にクジラが生息するかどうかはわからない。捕獲したクジラ1頭1頭が、あるいは発見できなかった航海の1日1日が、資源量を割り出す基礎データになるのである。 私がかつて同行した調査でいえば、3隻のキャッチャーボートは、7マイルの間隔をあけ、平行に並んで11.5ノット(時速約21キロ)の速度で調査コースをたどる。3ヵ月で約2万キロメートルの距離を航海した。