男子の「腰パン」、アムラー全盛期のコギャルから「韓国っぽJK」まで平成→令和の制服着崩し事情
制服の今を考えるきっかけにもなるその歴史。学校から生徒たちに主導権が移ってきた平成から令和の制服事情を見ていきましょう。 今も続く「なんちゃって制服」や、令和に再ブームを迎えたルーズソックスの源流にも注目です。
◆「高価すぎる」「目立ちすぎる」受け入れられなかったDCブランド
学校数の増加した1980年代から90年代初めには、その“学校らしさ”の表現が制服にもより求められるようになりました。 特に私立の高校では、コシノジュンコさんや山本寛斎さんなど、日本を代表するデザイナーが手掛けるDCブランド学生服も採用されました。 しかし、「高価すぎる」「目立ちすぎる」などの理由から、制服そのものに個性を持たせた学校ブランディングの一環は、大きなブームにはなりませんでした。
◆腰パン、短いスカート……制服の「着崩し」が大人気に
一方で、1990年代半ばから始まった制服の「着崩し」は、崩す程度の差はあれ、それ以前にブームになった「ツッパリ」「ヤンキー」ではない生徒にも支持され、大人気となります。 男子は、ズボンを下着が見えるほど低い位置まで下ろして履く「腰パン」、女子はできる限り短いスカート。シャツは外出し、ネクタイ・リボンはぶらさがっている程度まで緩め、首や袖のボタンは留めません。 女子の必須アイテム「ルーズソックス」は、校則が厳しい学校の生徒たちが、駅のベンチで指定のソックスから履き替えるほどの大流行でした。 スクールバッグは、ハイビスカスやヒマワリの造花で飾られることも。また、他校指定のバッグを持つことは、交友関係の広さのアピールでもありました。 装いや行動が特に派手な子は「コギャル」と呼ばれます。 SNSで気軽につながれる現在とは異なり、リアルに渋谷などの街を訪れる高校生たちにとって、着崩しは、他校の仲間ともつながれるアイコンだったのかもしれません。 なお、これらの現象をけん引したのが、元歌手の安室奈美恵さんです。 安室さんのファッション(ミニスカート・厚底ブーツ・ロングヘア・茶髪・細眉)を真似する「アムラー」は社会現象となり、女子高生ブームを巻き起こしました。 とはいえ、着崩しは、大人たちからは「だらしない」と批判されます。 学校では、制服の着崩し対策に追われることになり、校則がどんどん細かくなっていくこともありました。大手制服メーカーによる高校生向けの「制服着こなしセミナー」も始まりました。 2000年代には、落ち着いた着こなしに戻り、スカート丈はひざ丈に、ルーズソックスはハイソックスに変わってきます。 また、パーカー、短いソックスやスニーカー、リュックを組み合わせるというスポーツミックスも、取り入れられるようになってきました。 男子の詰襟も、勉強時に楽なようにデザインされたり、袖口やポケットにデザインが入ったものが登場したりしています。