「医療はビジネスか、ボランティアか」大村氏ノーベル医学賞受賞から考える
イベルメクチンのストーリーをただの“美談”だと思ってはいけない
このイベルメクチンをめぐるストーリーは、広く医療分野において多くの称賛を浴び、書籍や経営学の教材にもなっているほどです。しかし、このストーリーは医療分野に大きな課題を投げかけているとも言えます。それは、ノーベル賞を受賞するような高度な研究に込められた“多くの人の病を治し、命を救いたい”という強い思いと、一方でその研究の恩恵を世の中に届けるためには莫大な研究開発資金を必要とし、患者にも巨額の医療費の負担を強いることになってしまうという現実との間には、大きな矛盾が生じているということです。 例えば、アフリカなどの途上国や紛争地域で活動し、98年にノーベル平和賞を受賞した国境なき医師団は、寄付を募ってそれを活動資金にしています。2012年にIPS細胞の研究でノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授は、IPS細胞の研究を実際の医療に応用するために企業と連携したり基金を設立して資金を集めたりするなど、マネジメントに奔走しているのだそうです。 今回紹介したイベルメクチンのストーリーを含めて、このような“世の中に貢献したい”という情熱や献身的な姿勢は医療にとって重要なことであることは間違いありません。しかし一方で、寄付やボランティア精神に基づき採算性を度外視した医療活動や研究開発は、長期的に見てその企業や団体の疲弊を招くというリスクも内包しているのではないでしょうか。 医療に携わる企業や団体は、その莫大な研究開発費を患者からの医療費や国からの補助金によって回収できなければ、新薬や医療技術の開発による社会への継続的な貢献は不可能であり、医療は企業にとって利益=新たな研究資金を生み出すことができるビジネスでなければなりません。 しかし一方、企業が儲けを優先すれば、貧富の差によって必要な医療を受けられない患者もたくさん生まれてしまいます。全ての企業や団体がメルク社のような決断ができるわけではありません。全ての人に平等に医療を提供して社会に貢献したいという理想と、企業や団体の持続性のためには患者に高額な医療費を支払えるか否かという条件を突きつけなければならないという現実。 この相反する状態をどのように解決すべきかを考えることは、これからも次々とノーベル賞を受賞する研究者が生まれて医療分野が発展していく将来に向けて、非常に重要な課題なのではないでしょうか。 (執筆:井口裕右/オフィス ライトフォーワン)