「医療はビジネスか、ボランティアか」大村氏ノーベル医学賞受賞から考える
“患者が買えない薬”、“儲からない薬”のための巨額投資、メルク社の決断は
創薬メーカーが新しい薬(新薬)を開発し世の中に届けるためには、莫大な費用と時間と手間が掛かります。エバメクチンを人体に使用しても安全な薬にするためには十分な研究期間と費用が必要になり、薬を生産するための製法も開発する必要が。そして、創薬が実現したとしても、動物による有効性と副作用の実験、世界各国で患者に投薬することによる臨床実験(治験)が必要になります。新薬を世の中の患者の元に届けるためには、10数年の期間と数億ドルもの資金が費やされるのです。 この開発資金は、もちろん回収して利益を上げなければ創薬メーカーは新薬開発を通じて多くの研究者・社員・研究機関・生産拠点を抱える企業体を維持することはできません。そのためは、創薬メーカーがその開発資金を薬の価格に転嫁したり、国や国際機関、ボランティア団体などが薬を患者に届けるための費用を負担したりします。しかし、「イベルメクチン」を必要としているアフリカをはじめとする途上国の人々は、薬を買ったり治療を受けるための資金力がなく、国や団体からの資金援助が受けられる見込みもありません。それでもメルク社は、製品化に成功したイベルメクチン(製品名:メクチザン)を途上国の患者に無償で提供するという決断をしたのです。 もちろん、商品の無条件での無償提供は営利企業がやるべきことではありません。そのようなことを続けていては、企業は瞬く間に破綻してしまいます。その中で、メルク社が検討した画期的な新薬を数百万人もの患者に無条件で寄付するという前代未聞の発想は、社内でも大きな議論を呼んだといいます。 しかしメルク社は、できるだけ早く、そして多くの患者にイベルメクチンを届け、感染症による苦しみから解放したいという思いと、世界中にメルク社のポリシーを示したいという思いから、無償提供を決断。薬を提供するだけでなく、その薬を患者に届けるための流通システムをも開発し、多くの患者の治療に貢献しました。 大村氏が日本の土壌の中から新物質を発見し、そのバトンを受け継いだ米国のキャンベル氏はエバメクチンという新成分を発見。そして、そのバトンをアフリカなどの途上国で苦しむ患者の手元に届ける過程においては企業の前代未聞と言える決断があり、イベルメクチンは数百万人とも数千万人とも言われる多くの患者の治療に貢献することになりました。今年のノーベル賞医学賞の裏には、「多くの患者を救いたい」という国を超えた強い熱意の繋がりがあったのです。こうした研究者と民間企業の連携について、大村氏はストックホルムで行われた受賞記念講演の中で次のように語っています。