空前絶後の捜査本部…140名の捜査員が追った長官銃撃事件のホシ 地取り捜査で浮上した不審者情報
オウム真理教による地下鉄サリン事件から10日後の1995年3月30日、国松孝次警察庁長官が銃撃され瀕死の重傷を負った事件は、2010年に未解決のまま時効を迎えた。 【画像】現場周辺では徹底的な聞き込みが行われた 時効成立時の警視庁公安一課・栢木國廣(かやき・くにひろ)課長は発生当初から長官銃撃事件捜査の最前線に投入されていた。 事件発生から間もなく30年。 入手した数千ページにも及ぶ膨大な捜査資料と15年以上に及ぶ関係者への取材を通じ、「長官銃撃事件とは何だったのか」を連載で描く。
空前絶後の特別捜査本部
立ち上がった特別捜査本部は公安部長を長とし、公安部公安一課調査第六・第五担当を主体として、公安総務課、公安三課、外事二課、公安機動捜査隊と、刑事部捜査一課、捜査四課、機動捜査隊、さらには南千住署員や近隣各署の署員も加わり、総勢140名体制となった(最大時185名体制)。 捜査本部としては空前絶後の規模である。初動捜査では、ほぼ全本部員が聞き込み捜査を行い、次第に以下の捜査班に分かれていった。 犯行前後に不審な人物や車両の目撃者を捜すため現場周辺の聞き込みを担当する、栢木が所属する「地取り班」。 犯行に使われた銃をはじめ現場に残された遺留品=ブツから犯人に迫る「証拠班」。 長官が何者かに恨みをかっていなかったか長官身辺の異変などを捜査する「鑑取り班」。 それぞれの捜査班が寄せてきた情報をとりまとめ、捜査員のロジを担当する「デスク班」である。 地取り班には本部の公安一課か捜査一課から来た捜査員1名と、地元の事情に明るい南千住署員1名をペアで組ませ、2人1組のチームにして聞き込み捜査を展開させた。 「地取り1班」は長官宅のあるアクロシティEポートと、隣のFポート周辺という最重要地点の聞き込みを担当する。 「地取り1班」通称「地の1」は、「地の1の1」(捜査一課の2名)から「地の1の11」まで、2人一組の捜査チームが11組総勢22名で構成される捜査班である。 「地の1の1」は、3億円事件の捜査経験がある捜査一課の古参の刑事らが担当した。 捜査会議は、朝9時と夜8時の1日2回行われた。 南千住署5階にある講堂に椅子と机を教室状に並べ、上座に幹部が座る通称「ひな壇」が設置された。「ひな壇」には、10日に一度は公安部長(警視監)が現れた。 日々の会議には、参事官(警視正)、公安一課長(警視正)、理事官(警視)までがひな壇席に座って本部員に睨みを効かせ、管理官(警視)、係長(警部)以下捜査員は、全員いわゆる生徒側の席に座る。 午前の捜査会議では一日の捜査方針について報告し、夕方は一日の進捗状況と明日の捜査予定を部長や参事官以下、全員の前でプレゼンし情報共有するのである。 会議はきまって、ひな壇幹部の講堂入室とともに司会役である捜査一課係長の「きりーっつ!!」「きをつけっ!!」「礼!!」の金切り声に近い気合の入った挨拶で始まった。 「本日の捜査報告を開始する。『地の1』!」との司会の怒号で立たされる。 「今日は特筆事項ありませんでした」などと報告する者が出ようものなら、ひな壇席の幹部から「馬鹿たれー!!一日どこで油を売っていたのかっ!!」と、全員の前でつるし上げをくらい赤っ恥をかくことになる。 黒澤映画の「天国と地獄」では、主演の仲代達矢演じる警視庁捜査一課の幹部刑事を中心に、捜査員が車座に集まる捜査会議のシーンが印象的だ。 皆たばこを自由にくゆらせながら階級に関係なく闊達に意見を述べ合い、和気藹々といった雰囲気だ。 だがある捜査員は「あれが捜査会議だと思われちゃ困る」と漏らす。実際の捜査会議は本当に恐ろしい場なのだという。 栢木は事件発生から3日後の4月2日の捜査会議で、「今日着任した公安一課の栢木係長には『地の1』を仕切ってもらう」と紹介された。事件現場直近という最重要地点の聞き込み捜査の責任者、すなわち地取り捜査の総責任者を仰せつかったのである。