永瀬正敏「スタンディングオベーションに感極まってしまって」──映画『箱男』
公開中の『箱男』は、安部公房の同名小説を実写化した映画だ。 主演の永瀬正敏は撮影初日、胸にこみ上げてくるものがあったという。 【写真を見る】佐藤浩市、浅野忠信らの好演が光る!
匿名の存在が、小さな窓から世界をのぞく
「少し感情が高ぶって、隣に座っていた(石井岳龍)監督の手をガッと握っちゃったんですよ。そうしたら握ったのは手じゃなくて監督の太ももで、なんかすいませんみたいな感じになっちゃんですけれど(笑)」 これは、永瀬正敏が主演した映画『箱男』のベルリン国際映画祭でのワールドプレミアのひとこま。深夜の上映にもかかわらずチケットはソールドアウト、最後にスタンディングオベーションで讃えられたことに、感極まったのだという。 日頃からクールで、感情を露わにすることが少ない永瀬がここまでエモーショナルになったのには理由がある。 安部公房が1973年に発表した小説を原作とするこの作品は1997年、今回と同様に石井岳龍監督の手で映画化されることが決まっていた。けれどもドイツ・バンブルグでのクランクイン前日に、突然中止になってしまったのだ。 27年前の出来事を、永瀬は穏やかな表情で振り返る。 「もう準備はすべて整っていて、ロケバスも来て、あとは撮影に出るだけみたいなところで、石井監督がプロデューサーに呼ばれてホテルのロビーから出ていく後ろ姿を見たんです。トボトボというわけでもなく、ただ淡々と歩いていらっしゃって、あれどうしたんだろう? と思っていたら、中止にしますと言われました。だから今回、クランクインの日に石井監督の嬉しそうな姿を見たときに、湧き上がってくる感情を抑えることができずに、ダメダメでした。監督の“よーい、スタート!”の声で我に返った感じです」 永瀬正敏にとっても石井岳龍にとっても、27年前の忘れ物を取り戻す、重い意味を持つ作品なのだ。そして作品の内容は、27年前よりも現代においてリアリティを増すようにも思える。 永瀬が演じるカメラマンである“わたし”は、頭から段ボール箱を被って都市を徘徊し、小さなのぞき窓から一方的に世界をのぞき、妄想をメモする。この光景が、匿名の存在がスマートフォンの小さな窓から世界を見ている現代と重なるのだ。 「27年前に石井監督が安部さんから映画化の依頼を受けたときの唯一のリクエストが、娯楽作にしてくれというものだったそうです。27年前の脚本のほうがもっとエンタメに振り切っていて、今回のほうが原作に近くなっているというか、ひとりが1台スマホを持つようになった世の中の変化を監督も感じ取って、変更なさったんだと思います」 安部公房の原作は、あたかもスマホやインターネットの時代が到来することを予言していたかのようだ。 「安部さんにはお会いしたかったですね。石井監督によると、すごく穏やかな方だったそうです」 そしてこの原作を受けて、石井監督はより多くの人に見てもらうエンターテインメント性と、より深くメッセージを届ける作品性の両立に成功したように思える。 「それが石井岳龍という監督さんの凄さだと思いますね。僕は身を委ねるだけでした。僕が唯一考えたのは、箱男という人は特別じゃないということです。もともとそういう資質を持って生まれてきたわけでもなく、普通に未来に希望を持って生きてきた。けれどもなにかのきっかけで箱に取り憑かれてしまう。だれでも箱男になり得るんですよ、というふうに演じようと考えました」