笑顔の人の近くにいる方が幸せになれる?つられて笑顔になりやすい人は<精神的健康>がよく、怒りや悲しみが伝染しやすい人は悪いという報告も
デジタル時代の今、インターネット上では過度に加工された顔があふれています。なぜ、人間は《理想の顔》に取り憑かれるのでしょうか。そのカギとなる「脳の働き」に、大阪大学大学院情報科学研究科で身体・脳・社会の相互作用を研究する中野珠実教授が、最新科学で迫ります。中野先生曰く、人の表情と感情は大きく影響しあう関係にあるそうで――。 【写真】眉間へのボトックス注射により、眉を寄せる怒りや悲しみの表情ができなくなった人たち * * * * * * * ◆笑顔になれば楽しい気分に にこにこ笑う人と話していると、つられてこちらも笑顔になり、なんだかとても楽しい気分になることはないでしょうか。 これは情動伝染と呼ばれる現象で、他者の表情を無意識に模倣してしまうことで、その表情に応じた感情が自分の中で生まれ、他者と同じ感情を共有できるというものです。この現象は共感を促し、人間同士のコミュニケーションをより円滑にします。 筆者らのグループは、この情動伝染が生後5ヵ月から始まることを明らかにしました(*1)。赤ちゃんは、他者の表情を自動的に模倣し、同じ感情を経験することで、他者の表情から感情を読み取る力を身につけるのです。 笑顔が伝染しやすい人は精神的健康がよく、怒りや悲しみが伝染しやすい人は精神的健康が悪いという報告もあります。ということは、周りによく笑う人がいる方が、精神的健康がよくなるかもしれません。
◆表情フィードバック仮説とは ただ、必ずしも相手がいなくても、自らの表情を変えるだけで気分を変えることができるのではないか、という仮説があります。これを表情フィードバック仮説と言います。 ドイツのフリッツ・シュトラックは、この仮説を実証するために、とてもユニークな実験を行いました。ペンをくわえながら漫画を読ませて、内容を面白く感じるかを評価させたのです。すると、ペンを歯でくわえて口を横に開きながら漫画を読むと内容が面白く感じ、口をすぼめるようにペンをくわえると、漫画の内容がつまらなく感じるという結果になりました(*2)(図1)。 この研究は表情による気分の変化を実証した実験として広く知られていますが、その後、再現性が問題となり、数多くの再テストが行われ、結果は割れている状態です。 そもそも、この実験にはいくつか問題があります。まず、ペンをくわえた表情が、本当の喜びや悲しみの表情になっていないことです。また、漫画のユーモアを評価するのに、必ずしも感情の発生は関係しません。そのため、この実験だけでは、表情による気分の変化を判断することは難しいのです。