iPhoneだけで映画を撮る! 三池崇史監督に『ミッドナイト』制作秘話を聞いた
手塚治虫が原点回帰した作品
── 原作となった『ミッドナイト』は1986~1987年に発表された手塚治虫さんの晩年の作品です。無免許のタクシー運転手・ミッドナイトが深夜に遭遇する乗客とのさまざまなドラマが描かれています。 三池 作品を最初に読んで感じたのは、ある意味で“新人の描くマンガ”っぽいなと。社会派なテーマもあるのですが、折々に描かれているのは、学校の先生や親に教えられることがすべてじゃなく、実際はどうなんだろうって子供がふと立ち止まって考えて、その答えはそれぞれが見つけるべきだよね、という世界観なんですね。 手塚治虫という誰もが知る大巨匠になり、壮大なテーマも描いてきて、晩年になってどこに戻るのかっていうと“少年に夢と驚きを”という原点に回帰していて。そういうところがなかなかカッコいいなって思いましたね。 ── 当時と今の時代背景の違いはどのように表現したのでしょうか? 三池 実際に街やクルマをすべて当時に合わせるわけにはいかないので、ミッドナイトというキャラクターが今の新宿・歌舞伎町に現れる、という設定にしています。ただ、当時も携帯電話が一部で使われていたり、意外と変わっていないことも多いんですよ。 それにマンガ自体は1話完結型でそれぞれのテーマは普遍的で明確です。一見古典的なように見えて、今の時代にも通じる新しい作品でもあるんです。そういう意味では、30年以上前の原作をiPhoneで実写化するというのは、何か運命的なものを感じました。もし手塚先生が生きていらっしゃっても、iPhoneで撮るという新しい試みを面白がってくれたのではないでしょうか。
これからの映画はiPhoneが当たり前に
── 改めて監督から今回の作品の見どころやこだわりの映像表現があれば教えていただけますか? 三池 こだわりというか、観ている人にiPhoneで撮ったのを意識させないようにするのが自分の役割だと思うんです。観終わって、「これ全部iPhoneで撮ったんだ。iPhoneがあれば自分も作れるのかな」って思ってもらえればうれしいですね。映画や映画的な動画を作るには、もう皆さんその道具を手に入れて毎日持ち歩いていますよっていうことに気づいてもらいたいですね。 何も台本を書いて役者さんに演技させるんじゃなくて、毎日いつも持っているからこそ切り取れる写真や動画を集めて、それを作品にしていく人たちが増えたらいいなって思ってます。 例えば中学生になって初めて買ってもらったiPhoneで、おじいちゃんとおばあちゃんを主人公に撮るとかね。それって10年、20年経っておじいちゃんおばあちゃんが亡くなってから、ものすごい宝物になるわけじゃないですか。架空の物語をエンタテインメントとして作ることもできるんですけれども、ビジネス的な映画じゃなくても、社会からはそんなに価値がないと思われるものでも、撮っている自分たちにとって、将来ものすごい価値を生み出すというか。尊いもの、お金では買えないものを生み出せると思うんです。 映像の世界でも、もっとピュアな、もっと個人的なものを撮っていって、その中ですごい傑作が生まれるかもわからないですし、その先に映画やテレビのエンターテインメント作品を作っていきたいって人たちが増えると思うんです。iPhoneで育った人たちから、僕らとまったく違った感性を持ったすごい人がどんどん出てきて、わあって何か驚かせてほしいですね。 その刺激を受けると、錆びついた我々も何かパラパラと錆が落ちて、手塚さんのように原点に戻って「これでいいんだよね」って自分の作りたいものを再び作れるんじゃないかと思ってます。