「主人公の目で街を眺めてみたら」『こまどりたちが歌うなら』寺地はるな
街によって言葉も文化も違うことを身をもって体感
2020年の『水を縫う』など、寺地さんはこれまでも大阪の北河内と思われる場所の物語を描いてきた。昔から大阪は多くの小説で描かれてきたが、総じて大阪市内や府北部の特徴的な場所、あるいは岸和田など濃厚な府南部の話が多い。翻って、北河内は主に蓮根畑から変化した企業城下町や、そこで働く人たちのベッドタウンとして発展した地域で、印象が薄いのもあり、あまり小説の舞台には選ばれてこなかった。 「私は佐賀県出身でそこに31歳まで住んでいました。その後、大阪に移って38歳でデビューしてから、よく『大阪を舞台にした小説は書かないのですか?』と聞かれたのを覚えています。その頃は、大阪の生まれ育ちではないし、まだ大阪弁で書く自信もなく、在住作家さんたちの作品もたくさんあるので、自分が書かなくても、と思っていました。ところがあるとき、外から来た人間が見た大阪を書くのも面白いのでは、という気持ちが湧いてきたんです。書くのであれば、大阪の外に住んでいる人が“大阪”といわれて思い浮かべがちな、たとえば通天閣のようなところではない場所にしたかった。そういえば、北河内が舞台の小説ってそんなに読んだことがない気がして、それであれば外から来た人間が書く意味があるんじゃないかなと思いつきました」 実際にその場所に立ってみて、風景や空気感から直に感じ取ることが小説に深く影響してくるという寺地さん。その地域ごとの方言や習慣、土地柄や特有の文化を体験することで、より解像度が高まり、それが作品の根幹においても重要な役割を果たす。2018年の『大人は泣かないと思っていた』は、出身地である佐賀県唐津市から着想を得た連作短編集であり、幼い頃から見聞きし体感してきたカルチャーが織り込まれている。 「佐賀では相手にお酒をたくさん飲ませるのがもてなしだという考え方が少なからずあり、私もずっとそういうものだと思っていました。特に男性は飲めないと情けないといわれることも。でも大阪に来てみるとそんなことはまったくなかった。忘年会であまり飲めない人がいても、みんなその人にはお酒を勧めず、むしろ飲みすぎを心配していて、すごくびっくりしました。大阪の人は狭い道ですれ違うときに、知らない人でも『ちょっとごめんね』とか『ありがとう』とか言ってくれる。育った場所はそういう土地柄ではなかったので、気遣い合うのがすごくいいなと。人と人との距離感は近いけれど、詮索される感じでもないのがまたいいんです」