戦国時代の人質は「ハイリスク・ハイリターン」 蒲生氏郷
蒲生氏郷は、織田信長、豊臣秀吉に仕えて活躍し、ついに陸奥国（現在の福島県）の会津若松城92万石の太守になった人物である。（千田嘉博・名古屋市立大教授・奈良大特別教授）
信長の人質に
近江国の日野城主の蒲生賢秀の子として1556年（弘治2年）に氏郷は生まれた。この頃、近江国の南東部は、守護大名の六角氏が押さえていた。しかし1568年（永禄11年）に織田信長が足利義昭を将軍にするため岐阜城から進軍すると、六角氏は敗北し、賢秀は信長への臣従の証しとして氏郷を信長のもとに送った。 当時、子供を人質として主君に預けるのは普通のことで、父親が主君に逆らえば、預けた子は処刑された。例えば、1577年（天正5年）に松永久秀・久通親子が信長に謀反すると、「松永出し置き候人質」の「いまだ十二・十三のせがれ二人」は、京都六条河原に引き立てられ「念仏となへ生害」させられた（『信長公記』）。 人質になった子に何のメリットもないと思えるが、そうでもなかった。1569年（永禄12年）に岐阜城の山上の城を訪ねたキリスト教イエズス会の宣教師、ルイス・フロイスは、岐阜城で信長と家族が暮らした山城御殿を12～17歳の100人以上の若い武士が守っており、彼らは各国の貴人（武士）の息子だと記した（『フロイス日本史』）。 つまり、預けられた武士の子供たちは、人質になってどこかに閉じ込められていたのではなく、信長の近くで働き、能力が認められれば、出世のチャンスをつかめた。人質はハイリスク・ハイリターンの仕事だった。
信長の意思受け継いで松阪を完成
岐阜城に勤めた氏郷も、信長の身近で働いて才能を認められ、最高の教育を受けた。元服の烏帽子（えぼし）親（烏帽子をかぶせる疑似的な親）を信長が務めたと伝えられる。信長は氏郷に強い期待を寄せていた。 1569年（永禄12年）に氏郷が14歳で初陣すると、信長の娘を妻にした。氏郷はまさに理想の人質ライフを過ごして、信長と縁続きの若武者へと飛躍した。その後、信長が安土城（滋賀県）を築くと、氏郷は父と共に安土城の留守居役などを務めた。 信長の死後に豊臣秀吉に従った氏郷は、1584年（天正12年）に伊勢国（現在の三重県）に12万石の領地を与えられ、1588年から松坂城を築いた。松坂城は総石垣の城で、外枡形と呼ぶ外側に突出した出入り口を連続させた見事な設計だった。そして氏郷は、城下を楽市として税金を免除するとともに、武家屋敷と町家を区分した近世的な城下町を完成させた。 松坂城の特徴である外枡形や城下の楽市は、信長の城と城下に見られた特徴で、氏郷が信長の意思を受け継いで松坂を完成させたとわかる。その後、江戸時代の松坂は、全国屈指の豪商「松坂商人」を生んだことで名高い。松坂の繁栄の起源に、氏郷の経済政策があった。
整備進む松阪城
現在、松坂城は国史跡として調査と整備を進めていて、樹木の管理、城道と案内板の整備、安全性を高める石垣修復などを実施している。よく残る天守台石垣は氏郷時代のもので、歴史的価値は極めて高い。そして松坂城の整備計画では、すべての人が本丸まで支障なく見学できるように工夫している。整備の完成が待ち遠しい。 氏郷は1590年（天正18年）に会津へ転封になったが、松坂城では氏郷が信長を受け継いで築いた城と町を体感できる。
