「無理をする」家庭もあれば「あきらめる」家庭も…「体験格差」をめぐる日本社会の現実
「現在地」の先へ
ここまでの議論をまとめると、世帯年収300万円未満の家庭のうち、子どもの「体験」のために「無理をする」家庭が約7割、「あきらめる」家庭が約1割、「求めない」家庭が約2割ということになる。 あくまで極めて大雑把な見取り図だが、少なくとも「体験格差」という課題自体への認識がまだ十分な広がりを持っていない今の日本社会においては、議論の一歩目を踏み出すための土台にはなり得るかもしれない。そもそも私たちが民間の非営利団体の立場から今回の全国調査を企画したのも、こうした見取り図自体が不在だったからだ。 もちろん、これら3つの状況の間にある境界線が、極めて曖昧で揺らぎを含んだものであることには注意が必要だ。7割、1割、2割という数字を必要以上に固定的に捉えるべきではない。 例えば、「無理をする」状態から無理が利かなくなり、「あきらめる」状態へと移行する状況は容易に想像できる(逆もまた然り)。また、保護者や子どもに対する第三者からの働きかけや何らかの新たな刺激(友達の影響など)によって、「求めない」状態から「無理をする」状態へと移行する場合も十分あり得るだろう。 いずれにせよ、そもそも個々の家庭が無理をしなければ子どもに「体験」の機会を提供できない状況自体をどう捉えるのかだ。 社会からの適切なサポートが必要なのは「あきらめる」家庭と「求めない」家庭の子どもたちだけではない。「体験」のために「無理をする」家庭では、おそらくほかのところに経済的な皺寄せが来ているはずだ。世帯年収300万円という境界線も絶対的なものではまったくなく、その少し上で苦しい生活をしている人々の存在を見過ごしてはならない。 本書の最初に提示した問いを繰り返すなら、子どもにとって「体験」は「必需品」なのか、それとも「贅沢品」なのか。もしも「必需品」だと捉え直すとすれば、日本社会には今の状況からどんな変化が必要なのか。何をしなければいけないのか。 体験格差をめぐる日本社会の「現在地」を知り、私たちがこの課題を無視せずに、向き合っていくこと。今回の調査が、その出発点になればと思っている。
今井 悠介(公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン代表理事)