『ベイビーわるきゅーれ』人気の秘密は『週刊少年ジャンプ』の“新原則”? 努力より個性が際立つシリーズの魅力とは
『鬼滅の刃』『呪術廻戦』を手本に、新しい「ジャンプ三大原則」で体育系的ノリを回避
阪元裕吾監督は、ハリウッド映画よりも『週刊少年ジャンプ』のようなおもしろさを目指していると発言している。お手本にしているのは同世代の邦画作品ではなく、『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』といった人気コミックなのだ。 『ジャンプ』といえば、1968年の創刊当初から「友情・努力・勝利」をスローガンに掲げてきた週刊誌。とはいえ、これは半世紀以上も前の三大原則。歴代のジャンプ編集長が集結した2019年のイベントでは、「努力はネタにならない。マンガはキャラクターが命なのだから、友情・個性・勝利なのでは」という趣旨の発言があった。「友情・個性・勝利」……まさしく『ベイビーわるきゅーれ』も、これに当てはまる。 ショートケーキを頬張ったり、着ぐるみバイトに精を出したり、保険料の支払いに四苦八苦したり、女の子ふたりの底抜けにダラダラした毎日が描かれつつ(=友情)、ちさと&まひろだけでなく、担当マネージャー須佐野(ラバーガール飛永翼)、死体清掃係の田坂(水石亜飛夢)、宮内(中井友望)といったクセ強メンバーのキャラに肉薄し(=個性)、最後は激しい格闘の末に強敵を打ち破る(=勝利)。 ここには、殺しのプロフェッショナルとして日々鍛錬するような、特訓シーン(=努力)はほぼ見られない。「努力」をオミットすることによって、熱血っぽい汗臭さ、体育系的なノリが周到に回避されている。新しいジャンプ三大原則に則った作りが、ヒットにつながっているのだろう。 現在の日本映画界は、マンガ原作のアニメによって牽引されている。2023年の興行収入ランキングをチェックしてみても、ベスト10のうち5本がアニメーション作品だ。アニメ的リアリティ、アニメ的作劇に慣れ親しんだユーザーに、『ベイビーわるきゅーれ』が提示した世界観は刺さりまくったのである。
敵役の徹底的な描き込みによって生まれるエモーション
もうひとつ『ベイビーわるきゅーれ』シリーズで特筆すべきは、敵役の徹底的な描き込みだ。第1作でも、ヤクザの親分・浜岡(本宮泰風)と、その娘・ひまり(秋谷百音)、息子・かずき(うえきやサトシ)の親子が強烈なインパクトを残していたが、『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』に登場する神村ゆうり(丞威)・まこと(濱田龍臣)兄弟は、特に異彩を放っている。 彼らは、殺し屋協会に所属しないバイトの殺し屋。いつかはこの世界でトップになることを夢見ているが、来る仕事は下請けばかり。伝達ミスで違うターゲットを殺してしまい、報酬がもらえないこともあったりする。正規雇用・非正規雇用という現代日本の社会問題を、少々戯画的なタッチで、殺し屋という特殊業態に反映させている。 さらに興味深いのは、社会的弱者としてのゆうり・まこと兄弟との対比によって、実はちさと&まひろが恵まれた環境にいることが明示される演出。未納だった「うきうき殺し屋保険プラン」の保険料を、彼女たちが期限日までになんとか支払おうとするドタバタ・シークエンスも、組織に属している者=正規雇用者としての立ち位置を示している。彼女たちは社会にうまくなじめないながらも、社会にきちんとコミットしているのだ。 だから我々観客は、どうしてもゆうり・まこと兄弟にも感情移入してしまう。血も涙もない敵キャラどころか、普通の映画なら主人公でもおかしくないほどのナイスガイズ。殺し屋のスキルも実績もちさと&まひろには敵わないが、それでも意地とプライドをかけて、彼らは真正面から戦いを挑む。クライマックスのタイマン・バトルは、観ているこちら側が感情グッチャグチャになってしまう。 そして『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』では、最強の敵・冬村(池松壮亮)が登場。ひたすら己を鍛錬することしか興味がない、孤独な一匹狼。仲間のいない彼の背中は、どこか物悲しい。阪元裕吾監督は冬村のバックボーンを丁寧に描き、キャラクターをふくよかにふくらませて、最終決戦のエモーションを掻き立てていく。 これもまた、「友情・個性・勝利」でいうところの「個性」を意識した作りといえるだろう。