老犬と暮らす(3)同じ名をつけ注ぐ愛情 亡くした愛犬の「供養」に
2000年代のペットブームから10年余り。当時初めて犬を飼い始めた人たちの中には、今や老犬となったパートナーと暮らしていたり、既に別れを経験した人も多いと思う。僕もその両方を経験している1人だ。犬は人間よりも寿命が短いから、ほとんどの飼い主は別れを経験する。そして、飼い主と犬の数だけ、老犬との暮らしや別れのエピソードがある。ここでは、長年犬関係の取材を続けている僕の経験の中でも、「老犬」にまつわる特に印象的な3つのケースを紹介したい。(内村コースケ/フォトジャーナリスト)
老人と2頭の『さつき』
僕は、愛犬のマメ(フレンチ・ブルドッグ/11歳メス)と、長野県・蓼科高原の別荘地で暮らしている。標高1000~1500メートルの傾斜地の森にくねくね道が通っていて、沿道にログハウスなどが点々と建つ。そのご近所さんの1人に、杉浦暎(すぎうら・あきら)さんという、柴犬の『さつき』と2人で暮らす老人がいる。別荘地内では数少ない定住者の1人で、お互いに人付き合いの良い方ではないが、犬の散歩でしばしば会うこともあって、4年ほど前から面識がある。 杉浦さんは現在74歳。生涯独身を貫いている。東京の食品会社で働き詰めの日々を送った後、2004年の冬に蓼科に移った。既に老犬になっていた初代の柴、『ロック』(オス)と、晩年を山で水入らずで暮らしたいと思ったからだ。「人間は神と悪魔の中間だと言うように、いい面も悪い面もある。その点、犬は善悪を超えて純粋でしょ」と、杉浦さんは言う。 ロックは蓼科に移って1年半後の夏に、16歳で亡くなった。最後の2か月ほどは歩けなくなったロックの介護の日々だったが、「できる限りのことをした、あいつも満足しただろう」と、さばさばした気持ちで別れることができた。ロックは今、大好きだった蓼科の家の庭に眠る。そして、杉浦さんは翌春、柴飼いのご近所さんの紹介で、レスキュー団体に保護されたメスの柴の里親になった。 その犬は、倒産したブリーダーから保護された元繁殖犬で、杉浦さんが里親になった時には、推定4歳だった。無理に何度も子供を産ませられていたのか、ひどく痩せていた。5月に来たので『さつき』。ひたすらおいしいものを食べさせ、体力が回復するとともに杉浦さんになついていった。 実は、この『さつき』は赤毛(茶)の柴で、この春に亡くなっている。杉浦さんが今一緒に暮らしているのは、別の黒毛の『さつき』だ。混乱を避けるため、この先は、『先代さつき』、『2代目さつき』と区別する。杉浦さんが2頭に同じ名前をつけたのには理由がある。そして、そのいきさつに、僕も少し関わっている。