元日本代表・渡邉知晃は、なぜ大学フットサル部の監督を選んだのか?全Fリーガーに読んでほしいセカンドキャリア論【インタビュー】
元日本代表・渡邉知晃氏が岡山県くらしき作陽大学のフットサル部の監督に就任。2025年度から新設される同部を率いることになる。現役を退いてからの3年間は、スクールや都リーグでのプレー、海外遠征事業、それにフットサル中継の解説やスポーツライターまで、実に幅広い仕事をこなしてきた。 現役時代の終盤には大学院に通い、修士課程を取得するなど引退後のキャリアも見据えていた。そうした“種まき”が一つの実を結んだのが、今回の“大学監督”という選択肢だ。 加えて今回、渡邉氏は、大学とともに作陽学園高校の選手たちの指導にもあたり、8月1日から始まる全日本U-18フットサル選手権大会も監督としてチームの指揮を執る。 高校と大学で監督就任──。渡邉氏いわく「新しいフェーズに入った」と。 現役でトップ選手になること、日本代表で成績を残すこと、Fリーグで明確に数字を出すこと、そして引退後に、それらのキャリアを生かしつつ、新たな道を切り開くこと。 これは現在、Fリーグでプレーする全ての選手に読んでもらいたい話でもある。渡邉氏はこれまでなにを考え、今、そして未来を、どのように描いているのか。 取材=本田好伸 編集=伊藤千梅
現役時代の修士課程取得がきっかけ
──今回、2025年度からくらしき作陽大学のフットサル部の監督に就任することが発表されました。どのような経緯だったのでしょうか? きっかけは、多摩大学の福角有紘監督から「岡山の大学が監督を探しているけど興味ある?」とお話をいただいたことです。現役時代から引退後は大学の監督や教員という選択肢があったので、引退前の2年間で順天堂大学の大学院に通って修士課程を取得しました。そして、引退した頃、福角監督に「監督業に興味があるので、そういう話があったらつないでほしい」と伝えていました。今回、3年前にそんな話をしていたこともあって声をかけてもらえました。 ──すぐに決断したのでしょうか? いえ、最初に聞いた時は「岡山」が遠すぎてイメージが湧きませんでした。でも、家に帰って考えた時に、やっぱり一度お話を聞いてみたいと思ったんです。そこで経歴をまとめた資料を送ったら、作陽学園高校サッカー部総監督の野村雅之さんから直接お電話をいただいて、会って話しましょうと、岡山に行きました。ちなみに、それが人生初の岡山でした(笑)。 ──なにが決め手になったのでしょうか? 新設のフットサル部だったことが大きいですね。すでにあるものだったら、今ほど「楽しそう」と思えたかどうかはわかりません。新しい場所で自分がつくっていけることに魅力を感じたことが、決断の大きな要因でした。 ──くらしき作陽大学と同じ法人の作陽学園高等学校は全国的にも知られるサッカーの強豪校です。今回なぜ、大学に新しくフットサル部を新設するのでしょうか? これまで、くらしき作陽大学は、音楽学部と子ども教育学部、食文化学部しかなく、来年度から健康スポーツ教育学部が新設されます。体育系の大学は強い部活があるものですが、今はまだそれがありません。そこで、目をつけたのがフットサルということです。作陽学園高校との関係性も強いですから、フットサル部を強化指定部にするという流れになったそうです。 ──大学ではどんな役職に就くのでしょうか? 現時点でわかっているのは「生涯スポーツ支援・振興センター副センター長」です。地域社会に貢献していく催しや、小学生の子どもたちにフットサル教室を行ったりします。 ──「渡邉知晃の監督就任」ということだけでなく、今回の話は、くらしき作陽大学がフットサルを通して全国に名前を売っていく壮大なプロジェクトのように感じます。 そうですね。くらしき作陽大学にフットサル部ができて、僕もやるからには日本一を目指していますし、それによって岡山とくらしき作陽大学の名前を全国に知ってもらうことは大きな目標です。ただ僕は、大学の監督だけを頑張って終わりということではなく、野村先生とも話しをしていきながら、より大きな取り組みに広げていく予定です。