大いなる山 Mt.デナリ・カシンリッジへの挑戦 出発編|#2
タルキートナ
食材や装備の最終準備を入念にして、セスナの発着するタルキートナまで3時間ほど車で移動する。タルキートナは田舎の観光地で、小一時間で街全部を歩いて見て回れる規模の街だ。小さなお土産物店やレストランが並んでいる一角にある、デナリ国立公園のレンジャーステーションで入山手続きを行なった。 ここでデナリ登山での注意事項やルートの説明を受ける。そしてCMC(マウンテンクリーンカン)を受けとる。 ハイシーズンを迎えるデナリでは世界中から多くのクライマーが訪れる。各キャンプ地では多いときは100人以上が集うこととなり、食べて、飲んで、そして排泄する。当然、好き勝手に排泄すると大変なことになるのでCMCを活用するのだ。簡単な話、蓋のできるバケツにビニールを被せそこに用を足して持ち運ぶ。においが気になるかと思いきや、あっという間に凍りつくのでノープロブレム。中間地点のメディカルキャンプでは、近くの大きなクレバスにビニールを投げ捨ててよい決まりになっている。
TAT
登山開始地点となるカヒルトナ氷河のベースキャンプまでは、TAT(タルキートナエアタクシー)のセスナに運んでもらう。 搭乗の最終手続きをして翌日のフライトに備え、最終準備に取り掛かる。山行に必要なソリやワンド(旗竿)、スノーバーはデナリに30年通ったレジェンドである大倉喜福(おおくらよしとみ)さんに貸して頂ける手筈となっていた。 倉庫に積んである段ボールを空けると……ない。 だれかが持ち去ったか捨てられてしまったか、去年まであったはずの装備の多くがなくなってしまっていた。ソリとワンドはTATのものを借りることができたが、テントを固定するためのスノーバーが全然足りなかった。 なにか使えるものはないかと辺りを探し回ると、ゴミ捨て場に棚を固定するための錆びたL字の金具が幾つか落ちていた。仕方なくこれをスノーバー代わりに拝借することとした。旅にトラブルはつきものだが、大抵はなんとかなるものだ。 セスナに載せる荷物を年代物の秤で計測する。自分で載せて自分で重さを記入するから、ごまかし放題ではないのだろうか……。節約のためTATの物置小屋の屋根裏にて宿泊。ときに蚊の大群の襲来を受けるので入念に虫除けを撒いた。 フライト予定の日の朝。セスナの出発は天気次第。何日も待たされることもめずらしくないらしい。準備が整ってからは、いつ声がかかっても行けるように待機する。幸い天気は安定しているようだ。 「次はお前たちの番だ。すぐ準備しろ! 」という感じの意味の英語が飛び交って慌ただしく出発となった。すぐとは言われたがここはアメリカ。のんびりとスタッフの準備が進み大分待たされたあとにようやく搭乗となった。 シートベルトを締めろとかの細かい注意事項は一切なく、おもむろにセスナは滑走路を勢いをつけて走り「ふわり」と空中へと浮かび上がった。 見る見るうちに高度を上げ、眼下にはアラスカの大地が拡がる。次第に街や道路が遠ざかって本物の自然のなかに飛び込んでいく。 広大な湿地帯がどこまでも続く。血脈のように曲がりくねって入り乱れる河川と大小の湖沼。遥かに雪をまとった山々が見る間に近づいてくる。 むき出しの地球を極めて荒々しく削りとった鋭い岩山。対照的に大海原のごとく広大で平坦な氷河。雲の上、遥か高みに「デナリ」が浮かんでいた。 岩稜をかすめながら旋回し次第に高度を落とす。めくるめく岩壁の隙間を縫ってカヒルトナ氷河の雪原が近づくと、わずかな衝撃とともに無事着陸した。日本を発ってから5日目、時刻は14:30であった。 ようやくデナリ登山がここから始まる。 文・写真◉佐藤勇介/編集◉PEAKS編集部
PEAKS編集部