なぜ長谷部誠は40歳までプレーできたのか フランクフルトの日本人トレーナーが語る“心技体”の整え方
フランクフルトの元日本代表MF長谷部誠(40)が24日、都内で引退会見を開き、22年間のキャリアを振り返った。その中で長谷部は「自分はたくさん点を取れるわけでも、目立つわけでも、フィジカル的になど、何かが抜きんでたものがあるわけではない」と振り返り、工夫や思考、努力を通じて生き抜いてきたことを語った。そんな長谷部の体、そしてチームでの姿に寄り添ってきたフランクフルトの日本人トレーナー・黒川孝一氏(42)に、なぜ40歳までプレーできたのか、そしてドイツでどう評価されてきたのかを聞いた。(取材・構成 金川誉) 引退を寂しく思いますが、決断を聞いてから、最後まで今まで通りできるように支えたいという気持ちでした。(14年からチームで治療やケアを担当し)僕が管理する必要がないぐらい、自分で自分を管理できる選手です。自分の体の状態に非常に繊細。外国人選手の中は、筋肉がかちかちになって痛みが出る寸前まで、放っておく選手もいます。長谷部選手はそういうセンサーがすごいので、どこを(マッサージなどで)触って欲しい、などという要求も的確でした。だからこそ怪我も少なく、ここまでやれたと思います。 日本だと彼は代表キャプテンの印象が強いと思いますが、こちら(ドイツ)では40歳までトップでプレーするアジア人、すごいレジェンドと世間では捉えてられています。(フランクフルトでは)もちろんリスペクトされていますし、スタッフからの人望もすごく高い。彼はチームメートやスタッフとべったり過ごすタイプではないですが、さらっとした気配り、目配り、ここぞという時の心配りがある。クリスマスなどにはスタッフに、いつもありがとう、とユニホーム、食事券などのプレゼントを配ってくれることもありました。僕はドイツに来た当初(2014年)、ドイツ語、英語もできなかったので、ミーティングの後などに、細かいチームの動きを教えてくれていました。これから何々があるよ、理解できた? みたいにポイントをさらっと教えてくれるんです。それはとてもありがたかったです。 周りのドイツ人スタッフが長谷部選手についてよく言うのは、本当にプロフェッショナルで、柔らかい、ということ。以前からそうですが、(18年ロシアW杯後に)代表を引退してクラブに専念してから、より柔らかくなったと感じます。いつも100パーセントで取り組むけど、ギスギスしてないというか、感情の起伏が少ない。彼は練習に出ると、どんな状況の時でも、いつも一定に見えました。たとえば負けがこんでいるときでも、練習を1番楽しんでるように見える。ボール回しも、すごく楽しそうにやるんです。 それは意識的に、みんなを引っ張ろうとしているのかもしれません。それはわからないんですけど、一番声を出して楽しんで、雰囲気を柔らかくしてくれる。もちろん内心は(試合に)出られない時期など、苦しい時、悔しい時もあるのかもしれません。でも外国人選手に多い、物に当たるなども一度もなかった。ベテラン選手でも怪我がちだったり、試合に絡めない、監督から半分戦力外通告みたいなこと言われて落ち込み、練習のやる気がない、といった選手もいます。しかし長谷部選手はどういう状況でもしっかりと準備を進め、チャンスが来たときには、すごいことをやってのけてしまうんです。 彼のプレーについて、目の肥えたドイツの人たちが声をそろえて評価するのは、やはりインテリジェンスが素晴らしい点。決して体は大きいわけではないですが、体の使い方、当て方がうまい。若い80キロ台の選手とせーの、でぶつかったら、多分負けると思うんですよ。でも相手の体勢を見て、このタイミングでこの角度から当たったら崩れるなっていうタイミングで、当たるようにしてるようなプレーも多い。競り合いでも、先に体をぶつけて相手の体勢を崩すような工夫が入っている。一昨年ぐらいの練習で、長谷部選手が若く(自分より)体の大きな選手を、競り合いでふっ飛ばしたことありました。あのタイミングで(当たりに)来るなら、この角度で当たれば負けない、と説明し、若い選手はそういうところも学ばないといけないね、と話してくれていたんですよね。単純にトレーニングして筋力を高める、というだけではなく、今ある体の状態で、できることにフルに思考を使ってやってるんだと思います。 正直、彼ならコントロールして管理すればまだまだトレーニングもできるし、(来年も)十分戦えるプレーヤーとしてやれると(トレーナーとしては)認識しています。彼は大きな怪我で引退するわけじゃない。そこは、僕が嬉しくもあるところです。長谷部誠という終わりなき旅は、続きます。トレーナーとしてもたくさん学ばさせていただいたし、ともに色々な景色を見させていただきました。感謝しかありません。Danke fuer alles Hase!!(すべてをありがとう ハセ!) ◇黒川 孝一(くろかわ・こういち)1982年8月23日生まれ、奈良県出身。大阪医専メディカルトレーナー学科、平成医療学園専門学校を経て、鍼灸師・柔道整復師の国家資格を取得。奈良県内に鍼灸院を開院していたが、ブレーメンなどで監督を務めたトーマス・シャーフ氏と知り合ったことをきっかけに、同氏がフランクフルト監督に就任した2014年にフランクフルト入り。長谷部や鎌田大地(現ラツィオ)ら日本人選手を含めて信頼をつかみ、今やチーム内でも古参のスタッフに。
報知新聞社