遺影写真家 能津喜代房 ── 5000人の面影に寄り添って
笑顔が弾ける撮影現場
私は、素顔館での能津の仕事ぶりを実際に見てみたくなった。モデルとして誰か連れて行こうと考え、ふと浮んだのが、吉田裕子さん(80)だった。 吉田さんとは娘が同じ保育園に通う縁で親しくなり、家族ぐるみで40年来の付き合いだ。大好きな茶道と、着物の着付けを、地元で教えている。
「遺影を撮りませんか」とは誰彼なしに言えないが、彼女ならきっと受けてもらえるという確信があった。案の定、二つ返事で了承してくれた。 「着物を着たくて生きている」という彼女。「お母さんのことだから、死に装束の着付けを自分で気に入るまでやり直すんじゃない?って、娘が笑うの」と言うほど、着物での生活が当たり前になっている。
今の私そのものが、恐ろしいほど写真に現れる
吉田さんは3年前、習っていた墨絵の師匠の告別式で穏やかな死に顔を見た時、「私にも死が訪れるんだ」と初めて意識したという。それ以降、「いつか死ぬことを受け入れなきゃダメよ、ヒロコ!」と、自分に言い聞かせてきた。 「着物を着ると自分も変わるし、周りも変わる」らしい。 写真にもそういう魔力があるのではなかろうか。ストロボは、瞬間的な閃光を発し、一瞬を凍結する。日常の自然光のもとで見るのと違い、非日常の真実を捉える。 「年齢や身体に合わせた着方を、自然にしてるんだなと感じました。恐ろしいほど正直に、『今の私』が現れる。撮っていただく側としては、気軽ではないですよ。写真にはいろんなものがビッシリ詰まってますから」
節目節目に夫婦で撮り重ねる
斉藤巍(たかし)さんと薫子(かおるこ)さん夫妻は、2008年に素顔館がオープンして間もない時期に最初の撮影をした。その後、2013年に2回目、今回が3回目と、共に元気で生きていることを確かめるかのように遺影写真をアップデートしてきた。
動物病院を開業している巍さんは、82歳。ハワイアンバンドでウッドベースを演奏する趣味人でもある。薫子さんは巍さんの10歳下。夫の病院で受付をする傍ら、朗読や音訳のボランティア活動を長年続けている。