元SAS隊員のMI6エージェントが伝授するスパイ実践術とは?―レッド・ライリー『MI6英国秘密情報部スパイ技術読本』
監視、潜入、秘密通信、そして自己防衛術、危機回避法まで、いざというときのサバイバルテクニック満載! 誰でも実践できるようイラストをまじえわかりやすく紹介した書籍『MI6英国秘密情報部スパイ技術読本』より、本文の一部を紹介します。 ◆シークレットエージェントの技術を明かす まず自己紹介をしよう。私の名前はレッド・ライリー。といっても、本当の名前はレッドでもライリーでもない。これは私が選んだ偽名だ。偽名を使うことにしたのは、職業人生の大半で関わってきた仕事の分野と関係がある。私は数年前に引退するまで、英国秘密情報部、いわゆるMI6のために18年以上働いていた。訓練を受けて「デナイアブル・エージェント」[deniableは「否認可能」という意味。国が関与を否認することを前提とした非公式のエージェントのこと]として雇われると、主には単独で、ときにはチームの一員として、機密情報の収集をはじめ、英国政府に命じられたどんな仕事でも遂行するため、世界のあらゆる場所に派遣された。 MI6の本部はロンドンのヴォクソールクロスにあるが、私はデナイアブル・エージェントだったので、その正面エントランスを出入りすることはなかった。思うに、イギリスのスパイを特定したいと考える外国の諜報機関があったら、まず間違いなく、レゴランド(本部ビルは変わった形なのでこう呼ばれている)を出入りする人間をすべて写真に収めて、それをファイルしているだろう。 だから私が担当の管理官と会うときは、首都に点在するセーフハウス(隠れ家)を使った。たいていは、ヴィクトリア駅からおよそ1.5キロ圏内のところで、次の任務について説明を受け、愉快な旅へと送り出された。私が外国からロンドンの本部に連絡することは絶対になかった。たとえ生死の分かれ目という状況であってもだ。私には偽の素性が複数あり、その仮面をかぶったら、あとは完全に孤立無援だった。ロンドンにいる雇い主からの支援は一切なかった。そう、実に楽しい職業なのだ。 偽の素性は、それぞれに説得力があり、身元を証明する書類もそろっていた。もちろんパスポート(使い込まれた風合いで、入国スタンプもいくつか押印済み)があったし、運転免許証、キャッシュカード、クレジットカードから、偽の勤務先に関連する書類や、リアリティを与えるため、ガールフレンドかボーイフレンドからのメモまで用意してあった。万が一、逮捕されたり尋問されたりしても、英国政府と関わりがあることはけっして口外してはならない、とはっきり命じられていた。 任務を果たせるかどうかは、すべて私の手腕にかかっていた。管理官からの後方支援は一切期待できなかった。任務成功の可能性を少しでも現実的なものにするには、自分のスパイ技術やサバイバル術をたえず鍛え、向上させる必要があった。 そもそも、なぜMI6に目を付けられてスカウトされたのかは、私にも定かではない。しかし、大きな理由のひとつが私の経歴にあったことは、ほぼ間違いないだろう。私は弱冠17歳で英国陸軍に入隊し、陸軍通信部隊に配属されて、数年後に陸軍航空隊に異動した。軍での最後の数年間は、特殊空挺部隊(SAS)に所属した。そのため、飛行機とヘリコプターのたしかな操縦技術を持ち、パラシュートでの自由降下や遠洋航海、登山の経験も豊富だった。また、長年の間に一般的な軍事スキルも身に付けていた。たとえば通信技術や武器の扱い、徒手格闘術、あらゆる環境でのサバイバル術、尋問への抵抗術、基本的な自己管理などだ。ちなみに、私にサバイバル術をたたき込んでくれたのは、世界屈指のインストラクター、ロフティーことジョン・ワイズマンだ。彼は当時、英国ヘレフォードにあるSAS本部で、サバイバル訓練の責任者を務めていた。 ロフティーから学んだサバイバル術の多くは、MI6時代にも役立ち、現在に至るまで手放せずにいる。なかでも、ロフティーがソフトな響きのコックニーなまりで私にこう言ったのを覚えている。 「いいか、シャワーを浴びるときは、必ず足に小便をかけるんだ。そうすれば、水虫のようなタチの悪い真菌感染症には絶対にかからないと保証してやる」 すると、どうだ。ロフティーは正しかった。その日以来、私は足に関してどんな悩みも抱えたことがない。悩みどころか、私の足はいつ見てもうっとりするほど美しい状態で、自分の体の中でもとくに愛着のある財産だ。これに勝るのは、頬のえくぼくらいだろう。だが、心配はいらない。あなたにえくぼがなくても、小便臭いが美しい足がなくても、シークレットエージェントになることはできる。 ただし、シークレットエージェントの技術をマスターし、それをうまく遂行するためには、成長させるべき必須要素がいくつかある。たとえば、容姿、ウソや不正の能力、自己管理能力、訓練、そしてもちろん体力だ。順番に説明しよう。 [書き手]レッド・ライリー(元シークレットエージェント) 17歳で英国陸軍に入隊。基礎訓練ののち、操縦士訓練に志願して、即戦力となるヘリコプター操縦士の資格を取り、その後、ドイツ、北アイルランド、カナダ、ベリーズ、キプロスで軍務についた。36歳のとき、陸軍航空隊を離れ、英国陸軍の特殊部隊である特殊空挺部隊(SAS)に転属した。1980年、ライリーは英国対テロ特殊チームのメンバーだった。チームはその年、重武装したテロリストがイラン大使館を占拠した際に突入を行った。1982年、フォークランド紛争のさなか、ライリーはチリでの抑留をかいくぐった。これは、アルゼンチン本土への攻撃を試みる、大胆なトップシークレットの作戦の一環だった。1989年、陸軍を除隊すると、ライリーはすぐさまMI6に採用され、2015年まで働いた。2017年に自伝『Kisses from Nimbus』を出版。現在、ライリーと妻のキャロルは、英国マンチェスターと、地中海に浮かぶスペインのマヨルカ島で、二拠点生活を送っている。 [書籍情報]『MI6英国秘密情報部スパイ技術読本』 著者:レッド・ライリー / 出版社:原書房 / 発売日:2024年03月8日 / ISBN:4562073977
原書房
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