自動車事故で「死なない」ための基本と最新技術
シートベルトはシートと「セット」
ところが人間が座った状態だと、骨盤は直立状態にない。後ろへ倒れる状態になるため、固定するのは簡単ではないのだ。宿命的に滑り台の様にベルトの下をすり抜ける。この様に体が沈んでシートベルトをすり抜けることを「サブマリン現象」と呼ぶ。 サブマリン現象が起きると、ベルトは骨盤を固定できずに腹部にかかるか、もっとひどい場合は体全体がベルトをすり抜けてアゴに引っかかり、首つり状態になってしまうのだ。 ではサブマリン現象をどうやって止めたらいいのだろう? あまり知られていないことだが、シートベルトはシートと“対”になって機能する部品なのだ。1ページ目の写真のクルマは1959年に世界で初めて3点式シートベルトを装備したボルボ・アマゾンだ。ご覧いただくとわかるが、シートの座面は強い前上がり、つまり大きな「後傾角(こうけいかく)」が付けられている。滑り台状態にならないようにしてサブマリン現象を防止しているのだ。 サブマリン現象の防止だけではなく、衝突時の衝撃のベクトル成分もこの後傾角分座面が引き受けることができるから、シートベルトと腰骨にかかる負担が減り、ひいては鎖骨への負担も減る。シートはただの椅子ではなく、実は重要な安全装置の一つなのだ。
シートの「後傾角」がキモ
ところが、安全のために重要なシート後傾角が足りないものが結構ある。理由は色々ある。乗降性への配慮の様に一応の納得のいくものもあるが、実はお尻を前にずらしただらしない座り方をするユーザーの希望もある様に思う。 さらに、シートの高さを変えるシートリフターという調整機構がついているタイプのクルマでは、シートの高さを調整しようとすると、後ろしか持ち上げれられないものが結構ある。シート座面の後ろを持ち上げれば、シートの後傾角はどんどん少なくなる。もともと後傾角が不足気味のシートにこの手のシートリフターが付いたら最悪である。サブマリン現象を呼び寄せるようなものだ。シートリフターは前後調整式で高さが調整出来ないと安全が損なわれる可能性があるのに、あまり注目されていない。 この後ろ持ち上げ式構造のシートリフターは、廉価なクルマのほとんどが採用している。逆に電動シートが付く様な高価格車はほぼ前後で高さ調整ができる。もちろん安全はタダではないのは解るが、安いクルマであまりにもあからさまに安全を見切るのは見ていて気分が良くない。 多分技術者もそれでいいとは思っていないはず。誰だって自分が設計したクルマで人が死ぬのは嫌に決まっている。それでも後ろ側調整だけにしてしまうのはコスト要因だ。そう言うと言い訳する技術者がいたりする。まるっきりウソでもないのだろうが「シートを高くする人は概して背が低く、当然足も短いので、シートを上げた時前が上がるとペダルに足が届かない恐れがあるもので……」。